米国証券取引委員会(SEC)のポール・アトキンス委員長は2026年5月8日、ワシントンで開催されたAI+ Expoにおいて、オンチェーン市場とAI主導型金融に関する新たな規制の枠組みを検討していることを明らかにしました。これは、既存の証券規制が、ブロックチェーンプロトコルが提供する複合的な市場機能に適切に対応できていないという認識に基づいています。アトキンス委員長は、過去の執行重視のアプローチから転換し、正式なルールメイキングを通じて、急速に進化するデジタル資産市場への規制対応を明確化する方針を示しています。
SECアトキンス委員長、オンチェーン市場とAI金融の新たな規制枠組みを示唆
SECのポール・アトキンス委員長の発言は、金融業界がブロックチェーンとAIによって急速に変化する中で、規制当局がいかに対応すべきかという喫緊の課題を浮き彫りにしています。金融活動がオンチェーンへ移行し、AIを活用した金融アプリケーションが増加する現状において、既存の規制枠組みが時代遅れになりつつあるとの認識が背景にあります。
アトキンス委員長は、特にオンチェーンのトレーディングシステム、クリプトボルト(暗号資産保管庫)、ブロックチェーンを活用した決済インフラ、そして自動化された金融アプリケーションについて、SECが正式なルールメイキングを検討していると述べました。これらの技術は、伝統的な金融市場のプレイヤーと分散型金融(DeFi)の境界を曖昧にするものであり、規制当局にとって新たな課題を提示しています。
既存証券規制とブロックチェーンプロトコルの乖離
アトキンス委員長は、既存の証券規制がブローカー、取引所、清算機関といった伝統的な市場仲介者を前提に設計されていると指摘しました。しかし、ブロックチェーンベースのシステム、特にDEX(分散型取引所)のようなプロトコルでは、これらの機能が単一のソフトウェア内で統合されているケースが少なくありません。例えば、UniswapのようなDEXは取引執行と流動性提供を兼ね備え、Aaveのようなレンディングプロトコルは担保管理(クリプトボルトの機能の一部)を自動化しています。
このような複合的な機能を持つプロトコルに対して、従来の「取引所」「ブローカー」といったカテゴリーを当てはめることは困難であり、規制の空白や不確実性を生じさせています。アトキンス委員長は、単一のプロトコルが取引の実行、担保管理、流動性ルーティング、そしてボルト構造を通じた取引戦略の実行、さらには決済までを担うことができると強調し、これが規制上の課題となっていることを示唆しました。
ゲンスラー前委員長時代からの転換:執行からルールメイキングへ
このアトキンス委員長の発言は、ゲンスラー前委員長時代のSECがとったアプローチからの顕著な転換を意味します。ゲンスラー前委員長は、主に集権型取引所をターゲットに、既存の証券法を執行することで規制を行おうとしました。その結果、多くの訴訟が発生し、業界内では「執行による規制(regulation by enforcement)」と批判されることもありました。
これに対し、アトキンス委員長は、明確な「通知と意見募集(notice and comment rulemaking)」プロセスを通じて規制の枠組みを構築し、必要に応じて免除権限を行使することを提案しています。これは、規制の透明性と予見可能性を高め、法的確実性を求める業界の要望に応えようとする姿勢の表れと言えるでしょう。例えば、Yearn Financeのようなイールドアグリゲーターが提供する複雑な戦略など、多岐にわたるDeFiサービスに対して、画一的な執行ではなく、それぞれの特性に応じた柔軟な規制対応が期待されます。
SECが注視するオンチェーン金融の主要要素
アトキンス委員長が特に言及した規制検討の対象は、現代のオンチェーン金融の主要な構成要素を反映しています。これらには以下のものが含まれます。
- オンチェーン・トレーディングシステム: UniswapやCurve Financeといった分散型取引所(DEX)のように、ブロックチェーン上で直接、自動的に取引を執行するシステムを指します。
- ブロックチェーン決済インフラ: 取引の清算と決済をブロックチェーン上で行うシステムです。これは、伝統的な市場におけるクリアリングハウスや決済機関の役割を分散型技術が代替する可能性を示唆しています。
- 自動化された金融アプリケーション: スマートコントラクトによって自動的に機能する、DeFiプロトコル全般を指します。貸付プロトコルのAaveやCompound、デリバティブプラットフォームのSynthetixなどが典型的な例です。
- クリプトボルト(暗号資産保管庫): ユーザーの資産を保管し、特定のルールに基づいて運用するシステムです。これは、カストディサービスや、イールドファーミング戦略のための資産プールなど、多様な形態を取り得ます。
これらの要素は、いずれも伝統的な金融サービスと深く関連しながらも、その実現方法が根本的に異なるため、既存の規制概念では捉えきれない部分が多いとされています。
ハイブリッド型市場モデルへのSECの見解と柔軟な対応
アトキンス委員長は、今日のオンチェーン市場構造が「ハイブリッド型」であるという認識を示しました。これは、伝統的な金融(TradFi)の要素と分散型金融(DeFi)の要素が組み合わさっていることを意味します。例えば、一部のDEXはオフチェーンのオラクルから価格フィードを取得したり、カストディアンを介して担保を受け入れたりするなど、伝統的なインフラと連携する形で機能しています。
SECは、このような多様なモデルが証券法にどのように関連するのかを明確にすべきだと考えており、免除権限の活用も視野に入れています。これは、一律の規制を適用するのではなく、各モデルの特性とリスクプロファイルを考慮し、必要に応じて特定の活動を規制の対象から外したり、調整された規制を適用したりする可能性を示唆しています。この柔軟なアプローチは、イノベーションを阻害することなく、投資家保護と市場の健全性を確保するためのバランスを取ろうとするものです。
トランプ政権下での規制アプローチの変化
アトキンス委員長の発言は、トランプ政権下でのSECの広範な規制アプローチの変化を反映しています。この政権下では、SECは執行措置に依存するのではなく、スタッフガイダンスの発行、ノーアクションレターの発行、そして公的な声明を通じて、業界の法的不確実性を低減することに焦点を当ててきました。これは、仮想通貨業界が長年求めてきた規制の明確化への一歩と見ることができます。
具体的には、特定のデジタル資産が証券に該当するかどうかの判断基準や、DeFiプロトコルに対するSECの監督範囲など、多くの論点が未解決のままです。アトキンス委員長が提唱するルールメイキングへの移行は、これらの未解決の課題に対して、より体系的かつ包括的な解決策を提供することを目指しています。
まとめ
SECのポール・アトキンス委員長によるオンチェーン市場とAI主導型金融に関する新たな規制の方向性示唆は、デジタル資産分野の成長と成熟に対応するための重要な一歩です。既存の証券規制がブロックチェーンプロトコルの複合的な機能に適合しないという課題を認識し、執行強化ではなく、正式なルールメイキングを通じて明確化を図る方針は、業界にとって歓迎すべき変化と言えるでしょう。このアプローチは、DEX、レンディングプロトコル、イールドアグリゲーターといった具体的なDeFiプロジェクトが提供する多様なサービスに対し、より適切な規制の枠組みをもたらす可能性があります。今後、SECがどのような具体的なルールを提案し、それがデジタル資産市場にどのような影響を与えるか、引き続き注視していく必要があります。





