Solana Foundationの新しい最高情報セキュリティ責任者(CISO)に就任したマイケル・コーツ(Michael Coates)氏が、CoinDeskのインタビューで「暗号資産(仮想通貨)業界の最大の脅威は、スマートコントラクトの脆弱性よりも、AIを悪用したソーシャルエンジニアリングや認証情報の侵害へと移りつつある」と警告した。攻撃者の標的は「プロトコル」から「人間」へとシフトしており、ディープフェイクや偽の身元情報を用いた詐欺が次の波になるという。本記事では、この発言の背景と、DEX(分散型取引所)・DeFi利用者が取るべき対策を整理する。
Solana Foundationの新CISOマイケル・コーツ氏とは
マイケル・コーツ氏は、2026年前半にSolana Foundationへ加入したセキュリティの専門家である。過去にはX(旧Twitter)のCISOを務め、さらに遡ればMozilla(Firefox開発元)でいわゆる「ブラウザ戦争」の時代にセキュリティ部門を率いた経歴を持つ。Web2の大規模サービスにおけるセキュリティ実務を長年経験してきた人物だ。
Solana Foundationにおけるコーツ氏の役割は、財団自体のセキュリティを守ることにとどまらない。Solanaエコシステム上のプロジェクトに対して強固なセキュリティ慣行を広め、さらに規制当局と対話しながら適切なサイバーセキュリティ基準を整備することも担っている。つまり、単なる社内CISOではなく、エコシステム全体の安全性を底上げする立場にある。
「プロトコル」から「人間」へ移る攻撃の標的
コーツ氏が強調するのは、暗号資産業界で報じられる大型ハッキングの多くが、実はブロックチェーンそのものの侵害ではなく、その外側で起きているという事実だ。
「多くのケースでは、鍵(秘密鍵)の漏洩につながったのは運用上のセキュリティの問題、あるいはWeb2の問題だった」とコーツ氏は語る。スマートコントラクトのコードにバグがなくても、開発者や運営者の端末が侵害されたり、認証情報が盗まれたりすれば、資産は流出しうる。
ここ数カ月、暗号資産エコシステムで発生した主要なセキュリティインシデントの多くは、スマートコントラクトの脆弱性が原因ではなく、偽の身元情報やAI生成の詐欺といった、より高度な侵害によって引き起こされた。攻撃者は資金を「取り消し不能な形で」奪えるため、あらゆるミスを執拗に探す動機を持っている、とコーツ氏は指摘する。
AIとディープフェイクが詐欺を「説得力のあるもの」にする
最も警戒すべきは、ソーシャルエンジニアリング(人を騙して情報や権限を引き出す手口)の高度化だ。「ソーシャルエンジニアリングの部分は、AIとディープフェイクの力によって今後はるかに悪化するだろう」とコーツ氏は述べる。
これまでの詐欺メールやフィッシングは、不自然な日本語や粗い画像で見破れることも多かった。しかし生成AIの進化により、実在の人物になりすました音声・動画、自然な文章のメッセージ、偽の身元プロフィールを大量かつ低コストで生成できるようになっている。たとえばプロジェクトの創業者を装ったビデオ通話や、サポート担当者を騙るチャットで、利用者に偽サイトへの署名を促す手口が現実的な脅威となる。
コーツ氏は「Web2企業がやるべきセキュリティのすべてを行ったうえで、Web3ならではの追加要素に対応しなければならない」と表現する。DEXやDeFiのユーザーにとっては、コントラクトの安全性だけを見るのではなく、「連絡してきた相手は本物か」を疑う姿勢が不可欠になる。
迫る量子コンピュータと耐量子暗号(PQC)
コーツ氏はもう一つの長期的な脅威として、量子コンピュータの登場に言及している。将来的に十分に強力な量子コンピュータが実現すれば、現在のブロックチェーンが依存する公開鍵暗号が破られる懸念がある。
これに対しSolanaは、耐量子暗号(ポスト量子暗号、PQC)の評価を進めているという。PQCは、量子コンピュータでも解読が困難とされる新しい暗号方式の総称で、各国の標準化機関でも整備が進むテーマだ。ブロックチェーンにおける鍵管理や署名方式を、来るべき量子時代に耐えうる形へ移行できるかは、業界全体の中長期的な課題である。
「デフォルトで安全」——ユーザーに専門知識を求めない設計
コーツ氏の主張の核心は、「暗号資産はユーザーがいる場所に歩み寄るべきだ(meet users where they are)」という考え方にある。つまり、すべての利用者にセキュリティの専門家になることを期待するのではなく、初期状態(デフォルト)でユーザーを守る仕組みを整えるべきだという。
DEXやウォレットの世界では、これまで自己責任の原則が強調されてきた。しかし、シードフレーズの管理や署名内容の検証をすべて個人に委ねる設計では、AIによる巧妙な詐欺に対して多くの一般利用者が無防備になる。署名前のリスク警告、既知の詐欺コントラクトの検知、フィッシングサイトのブロックといった「安全がデフォルト」の設計思想が、今後のウォレットやアプリに求められる方向性だといえる。
DEX・DeFi利用者が今日からできる対策
コーツ氏の警告を踏まえ、個人ユーザーが実践できる基本的な防御策を整理する。
- 相手の身元を過信しない:ビデオ通話や音声、公式を装うDMであっても、ディープフェイクの可能性を念頭に置く。緊急性を煽って署名や送金を迫る連絡は、まず疑う。
- 署名内容を必ず確認する:ウォレットで承認する前に、どのコントラクトにどんな権限を与えるのかを確認する。無制限のトークン承認(approve)には特に注意する。
- ハードウェアウォレットの活用:高額資産は秘密鍵をオフラインで管理できるハードウェアウォレットに保管し、日常利用の鍵と分離する。
- 公式リンクをブックマーク:検索結果や広告経由ではなく、事前に保存した正規URLからDEXやDeFiにアクセスする。
- 運用セキュリティ(OpSec)を意識する:端末のマルウェア対策、フィッシング対策、二要素認証など、Web2的な基本対策こそがWeb3の資産を守る土台になる。
まとめ
Solana Foundationの新CISOマイケル・コーツ氏の警告は、暗号資産セキュリティの重心が「コードの脆弱性」から「人を狙う攻撃」へと移っていることを示している。AIとディープフェイクはソーシャルエンジニアリングを飛躍的に高度化させ、偽の身元や説得力のある詐欺が次の脅威の波になる。同時に、量子コンピュータに備えた耐量子暗号への移行も長期的な課題だ。
ユーザー側にできることは、相手を過信せず署名内容を確認し、基本的な運用セキュリティを徹底することに尽きる。そして業界には、専門知識を持たない利用者でもデフォルトで守られる設計が求められている。DEX・DeFiを安全に使い続けるために、「プロトコルは安全か」だけでなく「連絡してきた相手と自分の操作は安全か」を常に問う姿勢を持ちたい。





