英金融行動監視機構(FCA)は、実物金(ブリオン)の所有権をブロックチェーン上のトークンで表す「トークン化ゴールド」の規制ルール策定に乗り出した。狙いは、世界最大の金取引ハブとしてのロンドンの地位を、台頭する中国に対抗しつつ維持することにある。これは英国のより広範なデジタル資産戦略の一環であり、まずは卸売市場での担保利用が検討されている。
FCAが動いた背景と発表の要点
2026年8月10日、英紙フィナンシャル・タイムズがFCAのデジタル資産戦略の一環として、トークン化ゴールドの規制検討を報じた。これを受けてFCA報道官はCoinDeskに対し、メールで次のように回答している。「私たちはトークン化ゴールドを含む、トークン化とデジタル資産をめぐる動向を注視している」。さらに、業界と連携してトークン化がもたらす機会と課題を探る意向を示し、「トークン化への私たちのアプローチについては、近く追加で説明する予定だ」と述べた。
重要な点として、FCAはこの取り組みが特定の個人(リテール)向けユースケースに結びついたものではないと明言している。あくまで市場全体のトークン化の進展を広く検討する段階にあるという位置づけだ。報道によれば、FCAは市場の成長を後押しするため、金融機関に接触してトークン化ゴールド規制のあり方について意見を求めているとされる。
そもそもトークン化ゴールドとは何か
トークン化ゴールドとは、実物金の所有権をデジタルトークンとして発行する仕組みを指す。トークンの発行体が裏付けとなる金を保管し、トークン保有者がその金に対する権利を持つ構造だ。ブロックチェーン上で発行されるため、24時間365日の取引や、少額単位での分割保有、他のデジタル資産との組み合わせが技術的に可能になる。
代表的なプロジェクトとしては、米Paxosが発行する「PAX Gold(PAXG)」がよく知られている。PAXGは1トークンがロンドン受渡基準(London Good Delivery)の金1トロイオンスに相当し、ロンドンの保管庫で保管される金に裏付けられている。同様に、Tether社が発行する「Tether Gold(XAUT)」も1トークンが金1トロイオンスを表す設計だ。これらはいずれも、実物金の裏付けとブロックチェーン上の可搬性を両立させようとする試みである。
なぜ「ロンドンの地位維持」が争点なのか
ロンドンの店頭(OTC)市場は歴史的に世界最大の金取引センターであり続けてきた。ワールド・ゴールド・カウンシル(World Gold Council)によれば、ロンドンは世界の金の想定元本ベース取引量の約70%を占めるとされる。この圧倒的なシェアが、ロンドンを「金の都」たらしめてきた根拠だ。
しかし、この優位は中国の台頭によって次第に挑戦を受けている。上海黄金交易所(SGE)を中心とする中国市場は取引量を拡大しており、アジア時間帯における価格形成力を強めつつある。FCAがトークン化という新しい技術の土俵で先手を打とうとしている背景には、従来型のOTC市場だけに依存していては、将来の主導権を失いかねないという危機感がある。デジタル化によって取引の効率性と透明性を高め、新たな参加者を呼び込むことが、ロンドンの地位を次世代に引き継ぐ鍵になるという発想だ。
卸売市場での「担保」としての活用
今回の検討で特に注目されるのは、トークン化ゴールドを卸売(ホールセール)市場での担保として使う可能性だ。FCAは金融機関に対し、トークン化された金がどのように担保として利用できるかについて意見を募っている。
実物金は伝統的に「安全資産」として担保に用いられてきたが、物理的な受渡や保管、決済には時間とコストがかかる。これをトークン化すれば、ブロックチェーン上で即時に近い移転や決済が可能になり、担保としての機動性が格段に高まる可能性がある。例えば、デリバティブ取引や短期資金調達(レポ取引など)の担保としてトークン化ゴールドを差し入れられれば、金融機関は保有する金をより効率的に活用できるようになる。FCAは卸売金融市場全体のデジタル化についても議論を進めており、トークン化ゴールドはその具体的な実証領域の一つと位置づけられている。
英国のデジタル資産戦略という大きな文脈
トークン化ゴールドの規制検討は、単独の政策ではなく、英国が進める金融市場デジタル化の広範な取り組みの一部だ。英当局者は、金融市場のデジタル化が英国の年間経済生産に数百億ポンド規模の押し上げ効果をもたらしうると見込んでいる。
英国ではこれまでも、デジタル・セキュリティーズ・サンドボックス(DSS)を通じた証券のトークン化実証や、ステーブルコイン・暗号資産に関する規制枠組みの整備が段階的に進められてきた。トークン化ゴールドはこうした流れの中で、実需のある「実物資産のトークン化(RWA)」の象徴的なユースケースとなる。金という誰もが価値を認める資産をデジタル化の入り口に据えることで、より複雑な資産のトークン化に向けた制度的・技術的な基盤を築こうとする意図が読み取れる。
日本の投資家・事業者への示唆
英国の動きは、日本の市場参加者にとっても無関係ではない。トークン化ゴールドを含むRWA(実物資産トークン化)は、世界的に規制整備が進みつつある分野であり、主要金融ハブがどのようなルールを設けるかは、今後の国際標準に影響を与える。ロンドンが先行して明確な枠組みを示せば、他国の規制当局や事業者がそれを参照する可能性が高い。
もっとも、現時点でFCAが公表しているのは「検討に着手した」という段階であり、具体的なルールの内容やスケジュールは確定していない。トークン化ゴールドを扱う商品やサービスに関心を持つ場合は、裏付けとなる金の保管・監査体制、発行体の信用力、そして各国の規制上の取り扱いを慎重に確認する必要がある。技術的な利便性だけでなく、法的な権利関係とカウンターパーティリスクを見極める姿勢が欠かせない。
まとめ
英FCAがトークン化ゴールドの規制ルール策定に動き出したのは、ロンドンが世界の金取引の約70%を占める優位を、台頭する中国に対抗して維持するためだ。当面の焦点は卸売市場での担保利用にあり、これは英国全体のデジタル資産戦略の一環に位置づけられる。FCAは「近くアプローチについて追加で説明する」としており、具体的なルールの中身が次の注目点となる。PAXGやXAUTといった既存プロジェクトが示すように、実物金とブロックチェーンの融合は着実に現実味を帯びつつあるが、投資判断にあたっては裏付け・監査・規制の三点を冷静に確認することが重要だ。





