イーサリアムの共同創設者であるヴィタリック・ブテリン氏は、イーサリアム財団(EF)を「より小さな組織(smaller ship)」へと再編し、保有するETHの売却ペースを抑制する方針を明らかにしました。これは、相次ぐ主要リサーチャーの離脱を受けた組織の成熟と、真の意味での分散化を目指す戦略的な転換点となります。
イーサリアム財団(EF)の組織改革:ヴィタリック氏が描く「小さな船」のビジョン
2026年5月、ヴィタリック・ブテリン氏は自身のブログおよびインタビューを通じて、イーサリアム財団(EF)の将来像について重要な言及を行いました。彼が提唱したのは、EFを「広範な活動を行う巨大組織」から、コアな価値を守るための「効率的で小さな組織(smaller ship)」へと変貌させるという構想です。
この背景には、イーサリアムエコシステムが十分に成長し、財団が中央集権的にすべてを主導する段階を終えたという認識があります。ヴィタリック氏は、EFの役割を「エコシステムを支配する中心地」ではなく、「数ある貢献者の中の一つ」として位置づけ直すべきだと主張しています。この「小さな船」への移行は、単なるコスト削減ではなく、エコシステム全体のレジリエンス(回復力)と分散化を強化するための意図的な選択です。
具体的には、財団内部での意思決定プロセスを簡素化し、より広範なコミュニティや外部組織へ権限を委譲していく流れが加速します。2025年に行われた組織の再編成を経て、2026年はその成果を具体化する年として位置付けられています。
リサーチャー離脱の背景と「分散型開発」への移行
2026年に入り、イーサリアム財団からは少なくとも8名のシニアリサーチャーが離脱したことが報告されています。一見すると組織の弱体化とも取れるこの事態について、ヴィタリック氏は「エコシステムの成熟に伴う自然な流れ」であると説明しています。
離脱したリサーチャーの多くは、独自のプロジェクトを立ち上げたり、Arbitrum(アービトラム)やOptimism(オプティミズム)といったL2(レイヤー2)ソリューション、あるいはEigenLayer(アイゼンレイヤー)のような革新的なミドルウェアプロジェクトへと移籍しています。これは、イーサリアムのコア技術が財団内部に独占されるのではなく、エコシステム全体に分散して実装・研究されるフェーズに移行したことを示しています。
財団に依存しない独立した研究チームが増加することは、単一の組織による「キャプチャ(占有)」のリスクを低減させます。ヴィタリック氏は、自身の財団内での影響力も意図的に低下させていると述べており、次世代のリーダーシップがコミュニティ主導で生まれることを期待しています。
ETH売却方針の転換:財務の透明性と市場安定化への取り組み
長年、コミュニティからはイーサリアム財団による定期的なETHの売却について、市場へのプレッシャーや透明性の欠如を指摘する声が上がっていました。これに対し、ヴィタリック氏は「今後のETH売却量を以前よりも削減する」という方針を示唆しました。
組織を「小さな船」にすることで、維持コストを抑え、無理な資金調達のための売却を最小限に留めることが可能になります。また、2026年以降の財務戦略では、従来の売却に代わって、ステーキング報酬の活用や、外部パートナーとの共同ファンド設立などが検討されています。
この方針転換は、ETHホルダーに対するポジティブなシグナルとなるだけでなく、財団の財務的な自立性と、長期的な保有姿勢(HODL)を強調するものです。数値的な詳細は公式ドキュメントで順次公開される予定ですが、売却プロセス自体の透明性を高めるためのオンチェーン・ガバナンスツールの導入も進められています。これにより、いつ、なぜ売却が行われるのかをコミュニティがリアルタイムで監視できる体制が整いつつあります。
「CROPS」:2026年以降のイーサリアムが優先する4つの柱
組織の縮小に伴い、EFが集中して取り組むべき領域として、ヴィタリック氏は「CROPS」というフレームワークを提示しました。これは以下の5つの要素(頭文字をとったもの)で構成されています。
- Censorship/Capture Resistance(検閲耐性・占有耐性): 国家や特定の巨大企業によるコントロールを排除する技術的担保。
- Open Source(オープンソース): すべての開発プロセスを透明化し、誰でも検証可能な状態を維持すること。
- Privacy(プライバシー): ゼロ知識証明(ZK)技術などを活用し、ユーザーの権利を保護するインフラの整備。
- Security(セキュリティ): プロトコル層の堅牢性を極限まで高め、資産の安全性を確保すること。
これらの「CROPS」プロパティは、イーサリアムが他のL1(レイヤー1)ブロックチェーンと差別化されるための核心的な価値です。財団は、広範なマーケティングやアプリケーション開発の支援からは手を引き、これらの「公共財(Public Goods)」としての基礎研究にリソースを集中させます。
DEX・DeFiエコシステムへの影響:財団依存からの脱却とコミュニティの役割
この変革は、Uniswap(ユニスワップ)やLido(リド)といった主要なDEXおよびDeFiプロジェクトにも大きな影響を与えます。財団が「小さな船」になることで、これまでEFが担っていたエコシステムの調整役や資金援助の役割は、DAO(分散型自律組織)や民間企業へと移行します。
例えば、新たなアップグレードの提案(EIP)や規格の策定において、Uniswap Labsのような大手プレイヤーや、コミュニティ主導の研究グループがより主導的な役割を果たすようになります。これは、DeFiプロトコルが単なるアプリケーションとしてだけでなく、イーサリアムのガバナンスを支える重要な構成要素として機能し始めることを意味します。
また、財団からの助成金に頼っていた開発者たちは、Gitcoinを通じたクアドラティック・ファンディングや、各プロトコルのトレジャリー(財務)からの資金提供へとシフトしています。これにより、市場の需要に即したよりダイナミックな開発競争が期待されます。
2026年のロードマップ:プロトコル主導のガバナンスへの進化
2026年後半に向けて、イーサリアムは「The Purge(粛清)」や「The Splurge(散財)」といったロードマップの重要フェーズに差し掛かっています。EFの組織縮小は、これらの技術的ハードルを乗り越えるための戦略的な「身軽さ」を確保するためのものです。
特に、ステート履歴の削除やプロトコルの簡素化を目指す「The Purge」は、ノード運営の負荷を軽減し、真の分散化を実現するために不可欠です。ヴィタリック氏は、技術的な複雑性を排除し、より多くの個人がエコシステムに参加できる環境を整えることが、財団の最後の大きな使命であると考えています。
ガバナンス面では、財団の意向に左右されない、数学的・コード的な裏付けに基づいた「プロトコル主導のガバナンス」への移行が進みます。これは、人間による政治的な意思決定を最小限に抑え、プログラムされたルールに従って進化し続けるシステムへの脱皮を意味します。
まとめ
ヴィタリック・ブテリン氏による「イーサリアム財団の縮小」と「ETH売却の抑制」の宣言は、イーサリアムが初期の「財団主導フェーズ」を終え、真の「コミュニティ分散フェーズ」へと突入したことを象徴しています。
リサーチャーの離脱は、技術がエコシステム全体に広まった証左であり、「CROPS」という明確な優先順位の設定は、イーサリアムが今後もブロックチェーンの王道としての価値を守り続ける姿勢を示しています。投資家や開発者にとって、この変化は短期的には不確実性を伴うかもしれませんが、長期的にはより強固で検閲に強いインフラへと成長するための不可欠なプロセスです。2026年、イーサリアムは「小さな船」として、より広大な分散型の海へと漕ぎ出そうとしています。





