2026年、テクノロジーと金融の最前線であるConsensus Miamiにおいて、Google CloudとPayPalの幹部が「エージェンティックコマース」の未来は暗号資産(クリプトレール)上で展開されると明言しました。AIエージェントが従来の銀行口座を利用できない構造的な課題を背景に、オープンな決済プロトコル、機械可読なマーチャントカタログ、そしてマルチパーティカストディが、この新たな商取引形態を本格化させる鍵となります。これは、インターネット商取引の次の波が、Web3技術と深く結びつくことを示唆しています。
エージェンティックコマースとは?AIと金融の新たな融合
エージェンティックコマースとは、人間が直接介在せず、AIエージェントが自律的に意思決定を行い、商品やサービスの購入、契約の締結、支払いなどを実行する新たな商取引の形態を指します。例えば、ユーザーの好みを学習したAIエージェントが、最適な航空券やホテルの予約を自動で行い、決済まで完了させるような未来が想定されます。
しかし、この革新的な概念には大きな課題があります。Google CloudのWeb3戦略グローバル責任者であるリチャード・ウィッドマン氏が指摘するように、「エージェントは銀行口座を持つことができない」。技術的、そして規制上の障壁により、AIエージェントは従来の金融システムにおいて、個人や企業のような主体として認識されず、銀行口座を開設し、運営することが構造的に不可能だからです。これは、AIエージェントが自律的に商取引を行う上で、根本的なボトルネックとなっていました。
この問題を解決する上で、分散型金融(DeFi)の基盤である暗号資産が注目されています。暗号資産は、コードによってプログラマブルに制御できる特性を持ち、まさに「機械可読な決済インターフェース」として、AIエージェントが直接的に利用できる金融インフラを提供します。
GoogleとPayPalが語る「クリプトレール」の必然性
Consensus Miamiで、Google Cloudのリチャード・ウィッドマン氏は、既存のインターネットユーザー体験が自律型エージェントにまで及んでいない現状を強調しました。AIエージェントが決済を行うためには、その取引が機械的に解釈・実行可能である必要があり、従来の銀行システムではこの要件を満たすことができません。銀行口座は人間中心の設計であり、AIエージェントのような非人間主体を想定していません。
一方、暗号資産はスマートコントラクトやプログラマブルマネーの概念を基盤としており、AIエージェントが直接、かつ透過的に取引を実行できる環境を提供します。ウィッドマン氏は、暗号資産を「決済のための素晴らしい機械可読インターフェース」と表現し、AIエージェントと金融システムを接続する上で、クリプトレールが不可欠であるとの見解を示しました。この発言は、Web2の巨頭であるGoogleが、Web3技術を次世代の商取引インフラとして深く認識していることを強く示唆しています。
Googleが推進するAgentic Payments Protocol (AP2)
このギャップを埋めるべく、Googleは「Agentic Payments Protocol (AP2)」を立ち上げました。AP2はオープンなプロトコルであり、決済に特化した「機械可読な言語」をAIエージェントに提供することで、彼らがシームレスに商取引に参加できるように設計されています。ウィッドマン氏によると、AP2はすでにPayPalを含む120以上のパートナー企業と連携しており、その影響力は広範囲に及んでいます。
Googleは、AP2をFIDO Foundationに寄贈しました。FIDO Foundation(FIDOアライアンス)は、パスワードに依存しない認証標準を推進する国際的なオープン業界団体であり、AP2がオープンスタンダードとして広く採用されるための重要な一歩となります。ウィッドマン氏は、この動きを、インターネットネイティブな決済標準である「x402」がLinux Foundationに寄贈された事例になぞらえ、「オープンな対話とオープンスタンダードこそが、構築の基盤となる」と述べ、エコシステム全体での協力の重要性を強調しました。このようなオープンな取り組みは、Web3における相互運用性と標準化を促進し、エージェンティックコマースの普及を加速させるでしょう。
PayPalのPYUSDとマーチャントへの提言
PayPalのクリプト部門シニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーであるメイ・ザバネー氏も、AIエージェントがペイパルにとってオフラインからオンライン、そしてモバイルコマースへと進化した「次のチャネル」であると位置づけています。彼女は、PayPalが発行するステーブルコイン「PYUSD」を「決済にとって非常に自然なプログラマブルレイヤー」と評価しました。PYUSDは、米ドルにペッグされたステーブルコインであり、その安定した価値とプログラマビリティは、グローバル化が進み、AIネイティブな体験やトークン化された資産への需要が高まる現代の商取引において、特に重要性を増しています。
ザバネー氏はまた、最近のPayPalの調査結果を共有しました。この調査によると、95%ものマーチャントが現在、自身のサイトでAIエージェントからのトラフィックを確認しているものの、機械可読なカタログを持つマーチャントはわずか20%に過ぎないという現状が浮き彫りになりました。彼女は「マーチャントはこの次の時代に備える必要がある」と強く訴え、オフラインストアからオンラインストアへの移行がそうであったように、マーチャントは自身の製品情報をエージェントが読み取れる形式で公開する必要があると述べました。これは、DEXなどの分散型プラットフォームにおける流動性提供や商品リスティングにも同様の課題を提起するものです。
エージェントデザインにおける「マルチパーティカストディ」の重要性
AIエージェントが自律的に金融取引を行う上で、セキュリティと責任の所在は極めて重要な課題となります。万が一、エージェントが不適切な購入を行った場合、誰が責任を負うのかという問題は、「業界全体で深く検討すべき点」であるとザバネー氏は指摘しました。
この課題に対し、Google Cloudのリチャード・ウィッドマン氏は、「マルチパーティカストディ」がエージェントデザインの中心になりつつあると述べました。マルチパーティカストディとは、秘密鍵の管理を複数の主体に分散させる技術であり、単一障害点のリスクを軽減し、セキュリティを向上させます。AIエージェントが資金を管理する場合、この技術を導入することで、エージェントの自律性を保ちつつ、ヒューマンコントロールや複数のAIエージェント間での合意形成を組み込むことが可能になります。Googleは「Cloud KMS」という鍵管理サービスを拡張し、この領域にも対応しようとしています。これにより、エージェントの誤動作や悪用から資産を保護し、信頼性の高いエージェンティックコマースを実現する基盤が構築されます。
今後の課題と展望
エージェンティックコマースが普及するためには、技術的な進化だけでなく、法制度の整備や社会的な受容も不可欠です。AIエージェントの法的地位、取引における責任の所在、そしてAIによる自動取引がもたらす倫理的な問題など、解決すべき課題は山積しています。
しかし、GoogleやPayPalといった大手企業がWeb3技術、特に暗号資産を次世代の商取引の基盤として認識し、積極的にプロトコル開発やインフラ整備に乗り出していることは、その将来性の大きさを示しています。オープンスタンダードの推進、ステーブルコインの活用、そしてマルチパーティカストディのような高度なセキュリティ技術の導入は、AIエージェントが安全かつ効率的に経済活動に参加できる環境を整えつつあります。
将来的には、DeFiプロトコルが提供する流動性プールや自動マーケットメイカー(AMM)が、AIエージェントによる取引の主要な舞台となる可能性も秘めています。例えば、特定の投資戦略に基づいてAIエージェントが自律的にトークンをスワップしたり、流動性を提供したりするようなシナリオが考えられます。
まとめ
2026年のConsensus MiamiでGoogleとPayPalが提唱したように、AIエージェント主導の「エージェンティックコマース」は、クリプトレールを基盤として発展する見込みです。AIエージェントが従来の銀行システムを利用できないという構造的な問題に対し、GoogleのAgentic Payments Protocol (AP2)やPayPalのPYUSDといったWeb3技術が具体的な解決策として提示されました。オープンスタンダードの重要性、機械可読なマーチャントカタログの必要性、そしてマルチパーティカストディによるセキュリティ強化が、この新たな商取引形態の普及に不可欠です。今後、AIとブロックチェーン技術の融合は、私たちの経済活動に計り知れない変革をもたらすでしょう。





