イーサリアムの共同創設者であるヴィタリック・ブテリン氏は、現在の分散型金融(DeFi)の根幹を支える「債務ベースの構造」を見直し、市場急落時にも連鎖的な強制清算を引き起こさない「オプション型システム」への転換を提唱しました。この提案は、これまでのDeFiにおける最大の脆弱性の一つであるオラクルリスクと清算の連鎖を克服する可能性を秘めています。
DeFiの現状:債務ベースモデル(CDP)と清算リスクの課題
現在のDeFi市場、特にDAI(MakerDAO)やAaveといった主要プロトコルは、CDP(Collateralized Debt Positions:過剰担保債務ポジション)という仕組みの上に成り立っています。ユーザーはETHなどの資産を担保として預け入れ、その価値の一定割合(担保率)までステーブルコインや他の資産を借り入れることができます。
しかし、このモデルには「清算(Liquidation)」という不可避のリスクが伴います。市場価格が急落し、担保価値が一定のしきい値を下回ると、スマートコントラクトによってポジションが自動的に強制決済されます。この清算プロセスは、市場にさらなる売り圧力を生み出し、さらなる価格下落と次の清算を呼ぶ「デレバレッジの連鎖(Liquidation Cascade)」を引き起こす要因となってきました。2020年のブラック・サーズデーや、その後の幾多の市場急落局面において、このシステム的な脆さが露呈しています。
ヴィタリック氏が提案する「オプション型インデックス資産」とは?
2026年6月1日に公開された研究ポストの中で、ブテリン氏は「CDPと清算をDeFiの基盤にする代わりに、オプションを基盤にしたらどうなるか?」という問いを投げかけました。同氏が提案するのは、オプション契約を利用してインデックス追跡資産(S&P 500や仮想通貨指数のバスケットなど)を作成する手法です。
このモデルでは、ユーザーは資産を「借りる」のではなく、特定の価格変動に対する「露出(Exposure)」をオプションとして保有します。最大の利点は、市場価格が特定のラインを割った瞬間に資産が没収される「0か1か」の清算プロセスが存在しないことです。代わりに、市場が目標とする配分から乖離した場合、ユーザーの露出が徐々に変化(ダイバージェンス)していくような設計を採用します。これにより、急激な価格変動時でもシステム全体がパニックに陥ることなく、より滑らかな調整が可能になります。
CDP(過剰担保)モデルとオプションモデルの決定的な違い
従来のCDPモデルと今回提案されたオプションモデルの最大の違いは、リスクの顕在化の仕方にあります。具体的には以下の3点に集約されます。
- 清算の不連続性: CDPモデルでは、担保率が150%から149%に落ちた瞬間に全資産が競売にかけられるような「不連続な」イベントが発生します。オプションモデルでは、価値の変化が連続的であり、急激な資産喪失が起こりにくい設計です。
- 資本効率: CDPは常に過剰な担保を必要とするため、資本効率が低いという課題がありました。オプションベースの設計では、特定の価格帯におけるリスクを定義することで、より柔軟な資本運用が可能になると期待されています。
- 再均衡(Rebalancing)の柔軟性: ヴィタリック氏の提案では、即時の清算の代わりに「定期的なリバランシング」を必要とします。これは短期間のボラティリティによる不当な清算を防ぐバッファーとして機能します。
オラクルリスクの軽減:リアルタイム更新から「スロー・オラクル」へ
DeFiプロトコルにおいて、外部の価格データを取り込む「オラクル」は常に攻撃の標的となってきました。現在の清算モデルでは、秒単位の正確な価格データが求められるため、価格操作(フラッシュローン攻撃など)によって不正な清算が引き起こされるリスクが常に存在します。
ブテリン氏は、オプションベースのシステムであれば「スロー・オラクル(Slow Oracles)」の採用が可能であると主張しています。これは、予測市場(Prediction Markets)で使用されるような、確定までに時間をかけるが信頼性の高いデータフィードです。即時の清算が必要ないため、オラクルが数分から数時間の遅延を持っていてもシステムは正常に機能します。この時間的猶予により、異常な価格操作が検知された際に対処する時間を稼ぐことができ、プロトコルの堅牢性は飛躍的に向上します。
アルゴリズム型ステーブルコインへの応用と将来像
この提案が最も大きな影響を与える可能性がある分野の一つが、アルゴリズム型ステーブルコインです。過去、多くのアルゴリズム型ステーブルコインが、オラクルへの過度な依存と死のスパイラル(価格下落に伴う連鎖的な信頼崩壊)によって破綻してきました。
ブテリン氏のモデルを応用すれば、担保資産の価格が下落しても、即座にシステムが崩壊することなく、オプションの権利行使価格や露出を調整することで、時間をかけてペグ(価格固定)を維持またはソフトランディングさせることが可能になります。これは、2026年現在のDeFiが求めている「真の安定性」を実現するための重要なピースとなるかもしれません。ただし、この手法はまだ初期の研究段階であり、定期的なリバランシングに伴うコストや、ユーザー側の複雑なリスク管理といった課題も残されています。
市場急落時のレジリエンス:連鎖清算(デレバレッジ)を防げるか
DeFiの最大の問題は、システムが「晴天時」には完璧に機能する一方で、パニック時には自分自身を破壊する性質を持っている点です。オプションベースのフレームワークは、市場全体がストレスにさらされている際、自動化されたbotによる強制的売りを抑制する効果があります。
強制売りが減ることで、市場の流動性が枯渇することを防ぎ、価格の戻りを待つ「粘り強さ(Resilience)」をエコシステムに提供します。イーサリアムネットワーク全体にとっても、清算botがガス代を高騰させるような事態を回避できるため、ユーザー体験の向上にも寄与するでしょう。
まとめ:2026年以降のDeFiが向かうべき方向性
ヴィタリック・ブテリン氏による今回の提案は、DeFiのパラダイムを「借金と担保」から「リスクの数学的定義(オプション)」へと移行させる野心的な試みです。清算のないDeFiというビジョンは、一般ユーザーにとっても、機関投資家にとっても、より予測可能で安全な投資環境を意味します。
もちろん、このモデルの実現には高度な金融工学と、スロー・オラクルをサポートする強固なガバナンスが必要です。しかし、2026年の仮想通貨市場がかつての投機的な段階から、実用的で安定した金融インフラへと成熟しようとしている今、この「清算リスクからの解放」は、次世代の分散型金融を定義するキーワードになることは間違いありません。
今後、この研究に基づいた具体的なプロトコルが立ち上がり、実際の市場での有効性が検証されることが期待されます。
sources
- CoinDesk: https://www.coindesk.com/tech/2026/06/01/ethereum-s-vitalik-buterin-is-rethinking-how-defi-handles-market-crashes
- Vitalik Buterin's Research Blog (Research Post referenced on June 1, 2026)
- Ethereum Foundation: https://ethereum.org/en/developers/docs/mev/
- MakerDAO Documentation (CDP Model analysis): https://docs.makerdao.com/





