インドの証券市場規制当局SEBIは、社債をデジタルトークンとして発行・保有・決済する実証基盤「Demat 2.0」を始動した。
最大の特徴は、トークン化社債とインド準備銀行(RBI)のホールセール型デジタルルピーを連携させ、証券と代金を同時に移転できる点にある。これは暗号資産を使った新商品ではなく、既存の社債を規制下のDLTへ移す市場インフラ改革だ。
インドが社債トークン化の実証を開始
Decryptが2026年9月14日に報じたところによると、インド証券取引委員会(SEBI)と中央銀行であるRBIは、社債の発行・保有・決済を分散型台帳技術(DLT)上で処理する「Demat 2.0」を開始した。SEBIのTuhin Kanta Pandey会長とRBIのSanjay Malhotra総裁が、ムンバイで開催されたGlobal Fintech Festで発表した。
Decryptは今回の対象を約6,200億ドル規模の社債市場と表現している。一方、インド政府系シンクタンクNITI Aayogの報告書では、2025年3月時点の市場残高を約6,420億ドルとしている。基準日や為替換算によってドル建て評価は変動するため、「6,200億ドル」は市場規模を示す概数として理解すべきだろう。
NITI Aayogは以前から、インド企業の資金調達が銀行融資へ偏る構造を改善する手段として、社債市場の透明性向上、投資家層の拡大、流動性の強化、トークン化を含むデジタル基盤の整備を提言してきた。Demat 2.0は、その構想を実際の発行・決済へ進めたものと位置付けられる。
Demat 2.0の仕組みとは
SEBIの公式説明によると、Demat 2.0は企業が発行する社債をデジタルトークンとしてDLTに記録する市場インフラである。台帳は一般の利用者が自由に参加できるEthereumのようなパブリックブロックチェーンではなく、インドの証券保管振替機関であるNSDLとCDSLが管理する許可型ネットワークとして構成される。
重要なのは、トークン化によって社債の法的性質が別の商品へ変わるわけではない点だ。利率、満期、信用格付け、元利金を受け取る権利などは従来の社債と同様に維持される。変わるのは、それらの権利を記録し、移転し、決済するための技術基盤である。
既存の証券口座制度と接続する設計も特徴だ。新たな暗号資産ウォレットだけで完結させるのではなく、インドで普及しているdemat口座を基礎にすることで、証券会社、銀行、保管機関、発行企業が現行規制の延長線上で利用できるようにしている。
REC、Larsen & Toubro、IIFL Financeが発行
実証は概念検証だけではなく、すでに企業による資金調達へ使われている。DecryptおよびSEBIの公表内容によれば、電力・インフラ金融を手掛けるRECは2026年9月7日、18の投資家から500クロールピーを調達した。RECはこれをインド初のトークン化社債発行と位置付けている。
続いて、建設・エンジニアリング大手Larsen & Toubroが500クロールピー、ノンバンクのIIFL Financeが25クロールピーを調達した。3社の合計発行額は1,025クロールピーとなる。
発行体の顔ぶれにも意味がある。RECのような政府系金融機関だけでなく、Larsen & Toubroという事業会社、IIFL Financeという民間ノンバンクが参加したことで、異なる種類の発行体でも同じ基盤を利用できる可能性が示された。ただし、現段階は限定的なパイロットであり、インドの社債全体がすでにトークン化されたわけではない。
デジタルルピーで証券と代金を同時決済
Demat 2.0の中核は、RBIのUnified Market Interfaceを介して、トークン化社債の台帳とホールセール型デジタルルピー「e₹-W」を接続する仕組みだ。これにより、社債の所有権移転と購入代金の支払いを同じ条件の下で完了させるアトミック決済が可能になる。
従来の証券取引では、証券の受け渡しと資金決済が別々のシステムを通る場合がある。一方だけが完了し、もう一方が成立しなければ、取引参加者に決済リスクが残る。Demat 2.0では、証券と代金を「両方移転するか、どちらも移転しないか」という一体の処理にすることで、このリスクの軽減を目指す。
RBIはe₹-Wについて、金融機関や仲介業者が利用する制限型のCBDCであり、大口取引や銀行間決済を効率化するものと説明している。一般消費者が日常の買い物に使うリテール型デジタルルピーとは用途が異なる。
スマートコントラクトを利用すれば、利払い、満期償還、投資家名簿の更新といったコーポレートアクションを条件に従って自動処理できる可能性もある。ただし、自動化の具体的範囲や例外処理は、今後の制度設計と実証結果を確認する必要がある。
DEX・DeFiのトークン化とは何が違うのか
Demat 2.0にはDLT、トークン、スマートコントラクトというDeFiでも使われる要素が登場する。しかし、UniswapやAaveのようなパーミッションレス型DeFiとは構造が大きく異なる。
Uniswapでは、利用者が自己管理ウォレットから流動性プールへアクセスできる。Aaveでは、スマートコントラクトを介して暗号資産の貸借が行われる。これに対しDemat 2.0では、台帳をNSDLとCDSLが管理し、決済資産にはRBI発行のe₹-Wを使用する。参加者の本人確認、社債の開示、信用格付け、投資家保護も既存の証券規制に従う。
したがって、今回の動きを「インドが社債をDEXで取引可能にした」と解釈するのは正確ではない。現時点でパブリックチェーンへの持ち出しや、UniswapなどのDEXへの上場、Aaveの担保資産としての利用が認められたとの公式発表はない。
一方で、規制資産と中央銀行マネーをプログラム可能な共通基盤で扱う試みは、機関投資家向けDeFiやRWA市場にとって重要な事例となる。将来的に規制準拠の流通市場や担保管理システムと接続されれば、オンチェーン金融が既存市場へ取り込まれる一つのモデルになり得る。
投資家が注目すべき利点とリスク
投資家にとって期待される利点は、決済時間の短縮、取引記録の一貫性、証券と資金の同時移転、利払いや償還処理の効率化である。SEBIは今後の段階で流通市場取引や個人投資家へのアクセス拡大も想定している。
ただし、トークン化は社債そのものの信用リスクを消さない。IIFL FinanceやRECの債券がデジタルトークンになっても、発行体の財務状況、格付け、利率、満期、劣後性、担保の有無を確認する必要がある。金利上昇による価格下落や、売りたいときに買い手が見つからない流動性リスクも残る。
加えて、許可型DLTには運営主体への依存、アクセス権限の管理、障害時の復旧、スマートコントラクトの不具合、既存システムとのデータ不整合といった技術・運用上の論点がある。アトミック決済が技術的に可能でも、発行体のデフォルトや誤った権利処理まで自動的に解決できるわけではない。
個人投資家が実際に参加できる時期、最低購入単位、利用可能な証券会社、二次流通の場所、投資家保護手続きについては、今後のSEBIによる正式な制度発表を待つ必要がある。
まとめ
インドのDemat 2.0は、約6,200億ドル規模と報じられる社債市場へ、DLTと中央銀行デジタル通貨を組み込む実証プロジェクトである。REC、Larsen & Toubro、IIFL Financeによる合計1,025クロールピーの発行が行われ、構想段階から実取引へ進んだ。
この仕組みは、パブリックチェーン上のDEXやDeFiを直接採用するものではない。NSDL、CDSL、SEBI、RBIが中心となる規制型インフラであり、既存の社債の権利関係を維持しながら、記録と決済をデジタル化する取り組みだ。
今後の焦点は、流通市場で十分な取引が生まれるか、個人投資家へ安全に開放できるか、従来システムより実際にコストと決済リスクを削減できるかに移る。RWAや機関投資家向けDeFiを考えるうえでも、技術の採用だけでなく、規制、保管、中央銀行マネーを一体化したインドの設計は注目に値する。





