米国証券取引委員会(SEC)は、証券のトークン化を促進するための「イノベーション免除(Innovation Exemption)」の導入に向けた準備を進めています。これは、特定のブロックチェーン技術を用いた証券取引に対し、既存の連邦証券法の適用を時限的に免除する措置であり、現実資産(RWA)のオンチェーン化を加速させる画期的な一歩となります。しかし、業界が長年求めてきた恒久的な「ルールメイキング(規則制定)」ではないため、その法的耐久性と持続性については議論が分かれています。
SECが導入する「イノベーション免除」の正体
2026年6月、ポール・アトキンズ(Paul Atkins)議長率いるSECが打ち出した「イノベーション免除」は、暗号資産およびブロックチェーン業界にとって極めて重要な転換点です。この政策は、企業株式などの証券をブロックチェーン上で発行・流通させる際、既存の複雑な規制の網から一部を試験的に除外することを認めるものです。
SECのヘスター・パース(Hester Peirce)委員は、「これは必ずしもルールメイキングである必要はない」と述べており、SECが日常的に行使している「免除権限」を利用する方針を示唆しています。具体的には、特定のプロジェクトや実証実験に対し、期間と範囲を限定して証券法上の義務を免除することで、技術の有用性をテストする「サンドボックス」的な環境を提供することを目指しています。アトキンズ議長は、この措置を「より耐久性のある規則を策定するための証明の場」と位置づけており、長期的な規制フレームワーク構築への布石としています。
ポール・アトキンズ議長とヘスター・パース委員の戦略
2026年現在のSECは、かつての「執行による規制」から、イノベーションを後押しする「対話と試行」の姿勢へと大きく舵を切っています。特にアトキンズ議長は、就任当初からトークン化技術が金融市場の効率性を高める可能性を強調してきました。
この戦略の核心は、スピード感にあります。通常のルールメイキング(規則制定)プロセスには、数年にわたるパブリックコメントの募集や修正作業が必要であり、技術の進化に追いつけません。一方で、免除権限の行使であれば、特定の条件を満たすプロジェクトに対して迅速に「ゴーサイン」を出すことが可能です。パース委員は「クリプト・ママ」の愛称で知られる通り、長年この免除権限の活用を提唱しており、2026年に入りようやくその構想が現実味を帯びてきた形です。
トークン化資産(RWA)市場への具体的な影響
この免除措置により、最も大きな恩恵を受けるのはRWA(Real World Assets:現実資産)のトークン化セクターです。これまで、米国株式や国債をトークン化してDEX(分散型取引所)やDeFiプロトコルで活用しようとする試みは、常にSECの未登録証券販売としての摘発リスクにさらされてきました。
今回の政策により、例えばBlackRockやFranklin Templetonといった大手運用会社が、より広範なオンチェーン・ファンドを展開しやすくなります。すでに「BUIDL」のようなプロジェクトが成功を収めていますが、SECの免除措置が公式に機能し始めれば、これらの中間業者を介した取引だけでなく、よりパブリックなブロックチェーン上での二次流通が加速するでしょう。これにより、DEXにおける流動性提供の担保として、トークン化された米国債や株式が一般的に利用される未来が現実味を帯びています。
「ルールメイキング」と「免除措置」の違い:法的安定性をめぐる懸念
一方で、法的な専門家からはこのアプローチの「脆さ」を指摘する声も上がっています。元SECの弁護士たちは、今回の免除措置が「ルール(規則)」ほど強固な法的地位を持っていないことを懸念しています。
- 継続性の不確実性: 免除はあくまで「時限的」なものであり、将来的に政権が交代したり、SECの構成メンバーが変わったりした場合に、容易に撤回されるリスクがあります。
- 限定的な範囲: アトキンズ議長が述べている通り、この措置は「期間と範囲が限定的」です。これは、すべてのトークン化プロジェクトが自動的に免除されるわけではなく、個別の審査や厳しい条件が課されることを意味します。
- 市場の期待との乖離: 暗号資産業界が求めているのは、将来にわたって変わることのない明確で恒久的な法律です。今回の免除措置は、あくまで「テスト」に過ぎず、本格的な資本投下を躊躇させる要因になりかねないという見方もあります。
既存プロジェクトの動向と2026年の展望
2026年半ばの時点で、すでに複数の大手プロジェクトがこの免除措置の適用を視野に入れて動いています。
- BlackRock (BUIDL): 10億ドル規模のトークン化国債ファンド。SECの新方針を受け、リテール投資家向けの二次流通プラットフォームの開発を検討中と報じられています。
- Franklin Templeton: すでにPolygonやStellar上でオンチェーン・マネー・マーケット・ファンドを運用しており、今回の免除措置を利用して、より複雑なデリバティブ商品のトークン化を計画しています。
- Ondo Finance / Centrifuge: DeFiネイティブなRWAプロトコル。SECの規制サンドボックスに参加することで、米国居住者へのサービス提供を合法化する道を探っています。
これらのプロジェクトが「イノベーション免除」の下で成功を収めれば、2020年代後半の金融市場は「証券のデフォルトがトークンである」時代へと突入するでしょう。
日本市場への示唆:グローバル規制の同調と乖離
米国のこの動きは、日本の金融庁(FSA)や国内のSTO(Security Token Offering)市場にも大きな影響を与えます。日本はすでに改正資金決済法や金融商品取引法により、セキュリティトークンの法的枠組みを世界に先駆けて整備してきました。
しかし、日本の規制は非常に厳格であり、パブリックブロックチェーンでの自由な流通は依然としてハードルが高いのが現状です。米国が「イノベーション免除」によってパブリックチェーン上での証券取引を試験的に解禁すれば、グローバルな流動性が米国主導のプロトコルに集中する可能性があります。日本の投資家にとっては、米国のトークン化証券に直接アクセスできる機会が増える一方で、国内DEXの競争力が試される局面となるでしょう。
まとめ
SECが打ち出した「イノベーション免除」は、証券のトークン化という「金融のデジタル化」に向けた重要な一歩です。ポール・アトキンズ議長の下で進められるこの柔軟なアプローチは、RWA市場に莫大な資金が流入する呼び水となるでしょう。
しかし、これが恒久的なルールではないという事実は、依然として市場に不透明感をもたらしています。投資家やプロジェクト開発者は、この免除措置が「どの程度の期間継続し、どのような条件下で永続的なルールに昇華されるのか」を慎重に見極める必要があります。2026年は、伝統的な金融(TradFi)と分散型金融(DeFi)の境界線が、規制という橋によってつながり始める歴史的な年となるでしょう。
sources(参考URL)
- https://www.coindesk.com/news-analysis/2026/06/12/sec-s-big-swing-to-clear-tokenization-path-isn-t-likely-to-get-resilience-of-full-rule
- https://www.sec.gov/news/speeches-statements (General information on Commissioner statements)
- https://www.blackrock.com/us/individual/products/investment-funds (Context for BUIDL project)
- https://www.franklintempleton.com/investor/investments-and-solutions/digital-assets (Context for RWA expansion)





