機関投資家向け暗号資産の流動性プロバイダーB2C2が、シュローダー・ウェルスマネジメント・アジアの元会長ジェイソン・ライ(Jason Lai)氏をシンガポール拠点の上級顧問(シニアアドバイザー)として起用した。狙いは、アジア太平洋地域で暗号資産への関心を強めるファミリーオフィスやファンド、資産運用会社との関係深化にある。伝統的な富裕層向けビジネスと機関投資家向け暗号資産インフラが交差する、アジア市場の構造変化を象徴する人事といえる。
B2C2による人事の概要
B2C2は2026年8月13日(現地時間)のプレスリリースで、ジェイソン・ライ氏をシンガポール拠点の上級顧問に任命したと発表した。同社はこの起用について、アジア太平洋(APAC)地域のファミリーオフィス、ファンド、資産運用会社との結びつきを強めるための布石だと位置づけている。
ライ氏はアジアのプライベートウェルス(富裕層向け資産管理)業界のベテランで、2009年に独立系のウェルス・資産運用会社「Thirdrock Group」を創業した人物だ。同社は2019年に英資産運用大手シュローダー(Schroders)に買収され、その後ライ氏はシュローダーのアジア富裕層向け部門のCEO、のちに会長を務めた。2026年にシュローダーを退任している。
こうした伝統的金融の富裕層ビジネスで実績を積んだ人物が暗号資産インフラ企業に加わること自体が、機関投資家マネーの流れが変わりつつあることを示している。
B2C2とは何者か
B2C2は2015年に設立された、機関投資家向けの暗号資産マーケットメーカー兼流動性プロバイダーである。銀行、取引所、ブローカー、ヘッジファンド、資産運用会社などを顧客とし、独自開発のトレーディング技術を用いて24時間体制の流動性提供と執行サービスを行っている。
提供領域は現物(スポット)、デリバティブ、仕組み商品(ストラクチャード・プロダクト)、そして相対取引(OTC、店頭取引)にまたがる。一般の個人投資家向け取引所とは異なり、B2C2は「取引所や金融機関の裏側で流動性を供給する」インフラ的な役割を担うプレイヤーだ。
同社は日本のSBIホールディングスを親会社に持つ。B2C2は機関投資家向け流動性、決済(ペイメント)、ウェルス(富裕層向け)の各領域でアジア事業を広げようとしている。
なぜアジアの富裕層市場なのか
この人事の背景には、アジアの伝統的な資産運用会社やファミリーオフィスが、デジタル資産への関心を急速に高めているという構造的な変化がある。
ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の推計によれば、アジア地域の運用資産総額(AUM)は2029年までに99兆ドルに達する見通しだ。シンガポールと香港はその中核的な金融センターに位置づけられている。世界的に見ても、ゴールドマン・サックスの調査によれば、ファミリーオフィスのおよそ3分の1がすでに暗号資産へのエクスポージャー(保有・投資)を持っているとされる。
つまり、暗号資産はもはや個人投機家だけの領域ではなく、伝統的な富裕層マネーが本格的に流入する資産クラスになりつつある。B2C2のような機関投資家向けインフラ企業にとって、こうした富裕層・資産運用業界との橋渡し役を担える人材の価値は高い。
アジア太平洋のオンチェーン活動の急拡大
アジアは、暗号資産における「リテール(個人)の規模」と「機関投資家の野心」が交わる最前線になりつつある。
ブロックチェーン分析企業チェイナリシス(Chainalysis)によれば、2025年6月までの1年間で、APACは世界で最も急成長したオンチェーン活動地域となった。取引高は前年比69%増の2兆3600億ドルに達したという。国別の暗号資産普及ランキングではインドが世界首位に立ち、シンガポールと香港は規制されたデジタル資産ハブの座を巡って競い合っている。
こうした環境は、伝統的金融機関や富裕層を取り込もうとする各社にとって、アジアをますます重要な「主戦場」に変えている。B2C2の今回の人事も、この地域競争の一環として理解できる。
規制ハブ競争と機関投資家参入の文脈
シンガポールと香港は、いずれも明確な規制枠組みを整備することで、機関投資家や富裕層が安心して参入できるデジタル資産ハブを目指している。規制の明確化は、ファミリーオフィスや資産運用会社が暗号資産に配分する際の大きな前提条件となる。
ライ氏のような富裕層ビジネスのベテランが暗号資産インフラ側に加わることは、こうした顧客層に対して「信頼できる相手」としての橋渡しを提供する意味を持つ。マーケットメーカーやOTCプロバイダーは、単に価格と流動性を提供するだけでなく、リスク管理・執行品質・カウンターパーティの信頼性といった、機関投資家が重視する要素で評価される。人的ネットワークと業界での信頼は、こうしたB2B領域で依然として大きな競争力になる。
DEX・DeFi視点でどう読むか
B2C2はあくまで中央集権的(CeFi)な機関投資家向け流動性プロバイダーであり、DEX(分散型取引所)そのものではない。しかし、機関投資家や富裕層マネーがアジアで暗号資産に本格参入する流れは、DeFi・DEXエコシステムにとっても無縁ではない。
機関投資家の資金がまずCeFiのOTCやマーケットメーカーを経由して市場に入り、その一部がステーブルコインやオンチェーン運用、トークン化資産(RWA)へと波及していくのは、これまでも見られてきた経路だ。オンチェーン取引高の拡大は、DEXの流動性やDeFiプロトコルの利用機会にも波及しうる。アジアの規制ハブ競争と機関投資家参入の動向は、DEX・DeFiユーザーにとっても中長期のトレンドを読むうえで押さえておきたい文脈だといえる。
なお、本記事で紹介した数値やAUM見通しはあくまで各調査機関の推計・時点データであり、将来を保証するものではない。投資判断にあたっては、必ず一次情報と最新の規制状況を確認してほしい。
まとめ
B2C2によるジェイソン・ライ氏の上級顧問起用は、アジアの富裕層・機関投資家マネーが暗号資産へ本格的に向かう流れを象徴する動きだ。BCGはAPACのAUMが2029年までに99兆ドルに達すると見込み、チェイナリシスによればAPACのオンチェーン取引高は2025年6月までの1年で前年比69%増の2兆3600億ドルに拡大した。シンガポールと香港が規制ハブの座を競う中、伝統的富裕層ビジネスのベテランを迎え入れるB2C2の戦略は、CeFiとTradFi(伝統的金融)の接続点を強化するものといえる。DEX・DeFiユーザーにとっても、機関投資家参入とアジアの規制動向は、市場全体の流動性を左右する重要な背景として注視する価値がある。





