マーケットメーカーは、ビットコインの値上がり自体に賭けるのではなく、現物を保有しながら無期限先物を同額売る「キャッシュ・アンド・キャリー」で収益を得ています。
収益源は主に、強気相場でロングからショートへ支払われる資金調達料です。ただし、価格変動を抑える市場中立戦略であっても、清算、取引所、執行、資金調達率の反転といったリスクは残ります。
ビットコイン上昇で復活した市場中立取引
CoinDeskは2026年8月、ビットコインが短期間に約6万2,000ドルから7万7,000ドル超へ上昇した局面で、暗号資産マーケットメーカーが大規模な市場中立ポジションを構築していると報じました。相場の上昇方向を予想して買い持ちするのではなく、現物とデリバティブを組み合わせて価格変動を相殺する取引です。
報道で挙げられたのは、Abraxas Capital、Fasanara Capital、Wintermuteです。Lookonchainが追跡したオンチェーン情報によると、3社は分散型デリバティブ取引所Hyperliquidで、合計13万8,569 ETHと3,425 BTCのショートポジションを保有していました。CoinDesk掲載時点の評価額は、それぞれ約3億3,800万ドル、約2億6,500万ドルです。
一方、Arkham Intelligenceのデータでは、Abraxas Capitalが4日間で7万3,872 ETHをBinanceから引き出していました。ショートだけを見れば下落予想に映りますが、取引所外へ移した現物を同時に保有しているなら、実態は価格下落への投機ではなく、現物ロングと先物ショートを組み合わせたヘッジ取引と考えられます。
キャッシュ・アンド・キャリーの仕組み
基本構造は、BTCやETHの現物を買い、同じ数量の無期限先物をショートするものです。例えば1 BTCの現物を保有し、1 BTC相当のBTC無期限先物を売れば、BTC価格が上がった際の現物利益と先物損失、下がった際の現物損失と先物利益が概ね相殺されます。
利益の中心になるのが資金調達料、いわゆるファンディングです。無期限先物には満期がないため、先物価格を現物価格へ近づける仕組みとして、ロングとショートの間で定期的な支払いが行われます。Hyperliquidでは資金調達料が1時間ごとに決済され、先物価格がオラクル価格を上回って資金調達率がプラスになると、ロング側がショート側へ支払います。支払いは取引参加者間で行われ、Hyperliquidが資金調達料を徴収するわけではありません。
強気相場ではレバレッジを使ったロング需要が増えやすく、プラスの資金調達率が続くことがあります。現物を保有するマーケットメーカーは、同額のショートで方向性を抑えながら、この支払いを受け取れるという構造です。
資金調達率の回復が収益機会を生んだ
CoinDeskによると、2026年2月から7月にかけて、ビットコインの年率換算資金調達率は低い状態、またはマイナス圏で推移する時間が長くなっていました。資金調達率がマイナスなら、ショート側がロング側へ支払うため、現物ロング・先物ショート戦略の収益性は悪化します。
しかし8月の価格上昇で状況が変化しました。Aegisの集計としてCoinDeskが伝えた数値では、8月24日時点のBTC無期限先物の資金調達率は、30日平均の年率換算で6.7%、7日平均では8.7%に回復しました。21Shares Capital Marketsは、BTCのベーシスは魅力的な水準にある一方、資金調達率そのものは標準的な範囲だと評価しています。
これは、収益機会が戻ったものの、市場全体が極端な過熱状態に達したとは限らないことを示します。また、同様の取引はBTCとETHだけに限られません。21Sharesは、Solanaを含む主要暗号資産でもキャリーが高まっていると指摘しています。ただし、SOLなど流動性がBTCより小さい銘柄では、注文の滑りやヘッジ数量のずれをより慎重に管理する必要があります。
HyperliquidとCMEに広がる機関投資家の取引
今回の事例で注目されるのがHyperliquidです。同プロトコルの無期限先物は満期がなく、資金調達料によって現物価格への収れんを促します。BTCとETHでは、資金調達率の計算に用いるインパクト想定元本が2万USDCに設定されています。ポジションはクロスマージンまたは分離マージンで管理でき、証拠金が維持証拠金を下回ると清算対象になります。
市場中立取引はオンチェーン市場だけの動きではありません。CoinDeskが引用したGlassnodeのデータによれば、CMEのビットコイン先物建玉は、直近数週間で約8万7,000 BTCから12万2,000 BTCへ増加しました。規制されたCME先物は、ヘッジファンドなど機関投資家が現物とのベーシス取引を行う主要な選択肢です。
ただし、CryptoQuantのデータでは、CMEのヘッジファンドが最近、珍しく先物のネットロングへ転じたとされています。通常のキャッシュ・アンド・キャリーでは先物側がショートになるため、この変化は、一部の機関投資家が市場中立ではなく、さらなる価格上昇を見込む方向性取引を行っている可能性を示します。同じ建玉増加でも、すべてをベーシス取引と解釈することはできません。
「価格中立」でも無リスクではない
現物と先物の数量を合わせても、利益は保証されません。最も分かりやすいリスクは資金調達率の反転です。プラスからマイナスへ変われば、ショート側が支払う立場になり、取引手数料や資金移動コストを含めた収支がマイナスになる可能性があります。
次に清算リスクがあります。現物を別ウォレットやBinanceなど別の取引所に置き、Hyperliquidのショートへ十分な担保を入れていなければ、相場急騰時に先物側だけが清算される恐れがあります。Hyperliquidではマーク価格を使って清算を判定し、クロスマージンと分離マージンで影響範囲も異なります。現物が値上がりしていても、その資産を即座に先物口座の証拠金として利用できなければ、清算防止には役立ちません。
さらに、現物と先物を異なる場所で保有する取引には、取引所の出金停止、ブリッジ障害、オラクル価格の乖離、API停止、注文の部分約定といった運用リスクがあります。大口ポジションでは、手仕舞い時の価格影響も無視できません。Wintermuteのような専門業者が採用する戦略でも、「低リスク」と「無リスク」は同義ではありません。
個人投資家が確認すべき実務ポイント
個人がキャッシュ・アンド・キャリーを検討する場合、表示された年率だけで判断するのは危険です。まずHyperliquidなど各取引所の資金調達履歴を確認し、直近の高い数値だけでなく、プラス状態がどの程度続いているかを調べる必要があります。年率換算表示は、現在の資金調達率が長期間継続すると仮定した値であり、将来の利回りを約束するものではありません。
次に、現物購入手数料、先物の売買手数料、スプレッド、入出金費用、借入金利を差し引いて損益を計算します。ポジションを短期間で閉じる場合、受け取った資金調達料より往復の取引コストが大きくなることもあります。
また、現物と先物の数量を同一単位で管理し、約定後にデルタが残っていないか確認することが重要です。成行注文を同時に出しても、一方だけが約定すれば、その間は価格変動にさらされます。最初から高いレバレッジを使わず、資金調達率の反転、急騰、出金停止を想定した余裕ある証拠金を確保する設計が必要です。
まとめ
2026年8月のビットコイン上昇局面では、Abraxas Capital、Fasanara Capital、Wintermuteなどが、Hyperliquidのショートと現物保有を組み合わせたとみられる大規模ポジションを構築しました。狙いは相場の方向を当てることではなく、プラスへ戻った資金調達率から収益を得ることです。
この動きは、無期限先物の資金調達率が市場心理だけでなく、機関投資家の収益機会を左右する重要な指標であることを示しています。一方で、資金調達率の反転、清算、取引コスト、取引所間の資金分断は残ります。個人投資家は表面的な年率ではなく、実際の資金調達履歴と全コスト、担保配置を確認したうえで判断する必要があります。





