イーサリアム(Ethereum)の研究者6名が、ステーキング量の増加に合わせて新規発行ETHの焼却割合を段階的に引き上げる提案「EIP-8361」を公開しました。約6,025万ETH(総供給量の約半分)がステーキングされた時点で新規発行分を100%焼却し、ネット発行量を実質ゼロにする内容です。過度なステーキング利回りが大手取引所やステーキング事業者への集中を招き、分散性とセキュリティを損なうという懸念への対応が狙いです。本記事では提案の仕組みと論点を整理します。
EIP-8361の概要と背景
EIP-8361は、2026年8月初旬にCoinDeskが報じたイーサリアムの新しいドラフト提案です。イーサリアム財団(Ethereum Foundation)のJustin Drake氏を含む著名な研究者6名が署名しています。
提案の核心は、ステーキング比率が上がるほどバリデーター(検証者)に支払われる新規発行報酬の焼却割合を線形に引き上げる、という点にあります。CoinDeskの報道によれば、ステーキング量が約6,025万ETH(総供給量の約半分)に達すると焼却率は100%となり、新規発行によるネットのインフレはゼロになります。記事のタイトルにある「1,120億ドル」は、この閾値付近のステーキングETHのドル建て評価額を指しています。
この提案は、次期ネットワークアップグレード「Hegotá」への小規模変更の検討締め切り直前に提出されました。ただし議論が割れているため、Hegotáへの採用は見送られる可能性があると報じられています。
ステーキングと「焼却」の基本
イーサリアムは2022年のThe Merge以降、プルーフ・オブ・ステーク(PoS)でネットワークを保護しています。ステーキングとは、保有者がETHをロックし、取引を検証するソフトウェア(バリデーター)を稼働させる仕組みです。その対価として、ネットワークは新しいETHを発行して報酬を支払います。
一方「焼却(バーン)」とは、コインを誰かに渡すのではなく、恒久的に消滅させることを意味します。イーサリアムでは2021年のEIP-1559導入以降、取引手数料の一部(ベースフィー)が焼却される仕組みがすでに稼働しています。
EIP-8361は、この焼却の考え方を新規発行報酬にも適用するものです。イーサリアムが「エポック」と呼ぶ約6.4分ごとの区切りで、各バリデーター報酬の一定割合が差し引かれ、他へ回されるのではなく破棄されます。その割合は、ステーキングが飽和点(サチュレーション・ポイント)に近づくにつれて線形に100%まで上昇します。
何が変わり、何が変わらないのか
重要なのは、バリデーターの仕事内容や支払いの方法自体は変わらない点です。バリデーターは従来通り取引を検証し、報酬を受け取ります。焼却の対象はあくまで「新しく発行されるETH」に限られます。
CoinDeskの報道によれば、バリデーターがブロック構築で得る取引手数料やチップ(優先手数料)はそのまま保持されます。焼却されるのは新規発行報酬部分だけであり、手数料収入は影響を受けません。
また、変更は緩やかに導入されます。報酬からの差し引きは約18か月かけて段階的に強まり、その前にアップグレード自体の実装に約6か月がかかるとされています。つまり参加者には合計でおよそ2年間の調整期間が用意される設計です。
なぜ発行量を抑えるのか
現行の発行カーブは、ステーキング量が増えても発行が完全には止まらない設計です。これに対しEIP-8361が提案する新しいカーブは、ステーキング比率が50%に達した時点で新規発行がゼロになります。
この設計の背景には、ステーキング利回りが上がり続けることへの懸念があります。利回りが高止まりすると、より多くのETHが大手取引所や大規模ステーキングプロバイダーに流れ込みやすくなります。特定の事業者にステーキングが集中すれば、ネットワークの分散性が損なわれ、検閲耐性やセキュリティ上のリスクが高まる可能性があります。
EIP-8361は、追加のステーキングによる収益性を段階的に下げることで、ステーキング量に事実上の上限を設ける狙いを持っています。過度な集中を抑制し、健全な分散性を保つための経済的なブレーキと位置付けられます。
ETHの希少性への影響
ネット発行量がゼロに向かうことは、ETHの長期的な希少性にも影響します。焼却によって新規発行が相殺されれば、既存保有者の持ち分が新規発行で希薄化される度合いが抑えられます。
EIP-1559による手数料焼却と組み合わさることで、ネットワークの利用が活発な局面ではETHの供給が減少(デフレ的)に傾く可能性もあります。CoinDeskの報道は、この提案がETHの長期的な希少性と評価を押し上げる可能性に言及しています。ただし、これはあくまで設計上の意図であり、実際の価格は市場環境に左右されるため、投資判断は慎重に行う必要があります。
割れる開発者コミュニティの評価
EIP-8361は、開発者やDeFi参加者の間で評価が分かれています。分散性の維持というメリットを評価する声がある一方で、ステーキング報酬に依存するステーキングプロバイダーやリキッドステーキングのエコシステムにとっては、収益構造の変化を意味します。
Lido(リド)やRocket Pool(ロケットプール)といったステーキング関連プロトコル、そしてそれらに紐づくDeFiサービスは、利回りの前提が変わることで影響を受ける可能性があります。こうした利害関係の複雑さが、Hegotáへの採用を難しくしている一因と考えられます。
イーサリアムのコア開発は、多数のステークホルダーの合意形成を経て進みます。EIP-8361のような発行政策の根幹に関わる変更は、慎重かつ長い議論を要するテーマです。
まとめ
EIP-8361は、ステーキング比率の上昇に応じて新規発行ETHの焼却割合を線形に引き上げ、約6,025万ETH(総供給量の約半分)でネット発行量をゼロにする提案です。狙いは、ステーキング利回りの過度な上昇と大手事業者への集中を抑え、ネットワークの分散性とセキュリティを守ることにあります。
バリデーターの仕事や手数料収入は変わらず、対象は新規発行分のみで、約2年かけて段階的に導入される設計です。ただし開発者・DeFiコミュニティの評価は分かれており、次期アップグレードHegotáへの採用は不透明です。イーサリアムの発行政策は今後の分散性とETHの希少性を左右する重要テーマであり、公式の議論の推移を継続的に確認することが重要です。





