トークン化証券とは、株式や債券などの証券をブロックチェーン上のトークンとして発行・管理する仕組みです。 NYSEの親会社Intercontinental Exchange(ICE)は2026年8月31日、tZEROとの提携と追加出資を発表しました。狙いは、NYSE関連の新市場に必要な名義管理、証券会社接続、オンチェーン決済の基盤を整えることです。
ICEとtZEROが発表した提携の概要
Intercontinental Exchange(ICE)とtZERO Groupは、公開市場におけるトークン化証券のインフラ整備に向けた一連の契約を締結しました。ICEはNew York Stock Exchange(NYSE)を傘下に持つ金融市場インフラ企業です。
両社が結んだ覚書では、tZEROがICEの開発するNYSE関連デジタル取引プラットフォームの主要設計パートナーになります。共同開発の対象は、デジタル・トランスファー・エージェントとブローカーディーラー向けのシステムです。これらは、トークン化証券の保有者記録、移転制限、取引参加者の接続、オンチェーン決済を既存の証券規制に沿って処理するために欠かせません。
ICEはtZEROの最新資金調達ラウンドにも参加します。ただし、出資額や取得持分の割合は公表されていません。またICEは、tZEROが保有するブロックチェーン関連特許のライセンスを取得します。公式発表によれば、対象ポートフォリオは23の特許ファミリーと103件の特許で構成され、コンプライアンスを考慮した移転ロジック、スマートコントラクトの更新、コーポレートアクション、本人情報の相互運用などを扱います。
今回の発表は新規出資だけを意味するものではありません。ICEは2022年にもtZEROへ戦略投資を行っており、両社は既存関係をNYSE関連プラットフォームの具体的な設計へ発展させた形です。
tZEROはどの部分を担当するのか
トークン化証券市場では、ブロックチェーン上にトークンを発行するだけでは十分ではありません。誰が正式な株主なのかを記録し、譲渡資格を確認し、配当や議決権などのコーポレートアクションを正しく処理する必要があります。この役割を担うのがトランスファー・エージェントです。
ICEはtZEROと協議し、デジタル・トランスファー・エージェント、トークン化エージェント、ブローカーディーラー参加者に適用する基準を整備する計画です。規制、技術、運用上の条件を満たした場合、tZEROは同プラットフォームの承認済みデジタル・トランスファー・エージェント兼参加者になる見込みです。現時点では正式承認済みではなく、条件付きの予定である点に注意が必要です。
具体的には、投資家のKYC・AML情報とウォレットを結び付け、譲渡可能な相手かどうかを確認し、トークン移転と公式な株主名簿を同期させる仕組みが重要になります。スマートコントラクトが動作しても、名義記録や法的権利が同期していなければ、通常の株式と同じ投資家保護は実現できません。
tZEROはすでに、トークン化、一次募集、二次取引、保管、清算、決済、移転代理業務を組み合わせたインフラを提供しています。例えば2026年には、Muriel Siebert & Co.を通じて適格なトークン化証券を提供する提携や、プロスポーツ選手の将来収益に連動する証券を扱う/mktとの協業を発表しました。今回のICE提携では、こうした私募・限定市場向けの経験を公開株式市場へ広げられるかが焦点になります。
NYSEが構想するデジタル取引市場
NYSEは2026年1月、トークン化証券の取引とオンチェーン決済に対応する新プラットフォームの開発を公表しました。規制当局の承認を前提として、NYSEのPillarマッチング技術とブロックチェーン基盤を組み合わせる構想です。
発表された設計には、24時間取引、即時決済、金額単位での注文、ステーブルコインによる資金供給への対応が含まれます。また、従来型の株式をトークン化した商品だけでなく、ブロックチェーン上で直接発行される証券も対象とする方針です。トークン化された株式についても、従来株式と同等の配当・議決権を維持することが想定されています。
もっとも、発表された機能がすべて利用可能になったわけではありません。取引所、ブローカーディーラー、トランスファー・エージェント、清算・保管など、それぞれに規制上の要件があります。今回のtZERO提携は、この構想のうち名義管理と市場参加者接続を具体化する動きと位置付けられます。
ICEとtZEROはさらに、トークン化資産をICEの清算機関や関連事業で担保として利用できるかも検討します。実現すれば、オンチェーン資産を別の市場取引の担保に活用する道が開けますが、担保評価、価格変動時の処理、秘密鍵管理、障害時の権利回復などを解決する必要があります。
Securitizeとの役割分担も重要に
NYSEは2026年3月、Securitizeとも覚書を締結しています。Securitizeは、企業やETF発行体向けにブロックチェーンネイティブ証券を発行する最初の適格デジタル・トランスファー・エージェント候補として選ばれました。
したがって、tZEROがSecuritizeを単純に置き換えたわけではありません。ICEは複数のトークン化事業者を設計パートナーおよび将来の市場参加者として組み込み、共通基準を整備しようとしていると読めます。単一企業に発行、名義管理、取引、決済を集中させず、複数事業者が接続できる市場構造を目指す可能性があります。
一方で、相互運用性は大きな課題です。Securitizeの発行・名義管理システム、tZEROの証券会社・決済インフラ、NYSEの取引基盤が異なるネットワークやデータ形式を使う場合、法的な所有者記録を一貫させなければなりません。ブロックチェーン間の移転だけでなく、ウォレット凍結、鍵の紛失、相続、裁判所命令、株式分割といった例外処理も必要です。
DEX・DeFi市場への影響
今回の提携は、UniswapやCurve FinanceのようなパーミッションレスDEXへNYSE上場株が直ちに流入するという発表ではありません。米国のトークン化証券は引き続き証券であり、取扱事業者には登録、本人確認、取引監視、保管などの義務が生じます。
ただし、伝統的市場とDeFiをつなぐ基盤としては重要です。トークン化証券と投資家資格をオンチェーンで検証できれば、許可制流動性プール、機関投資家向けレンディング、トークン化担保を使う決済などを構築しやすくなります。Aave Arcが試みた許可制市場や、Centrifugeが進めてきたRWA運用と共通する方向性ですが、公開株式では権利管理と市場規制がさらに複雑です。
投資家は「トークン化株式」という名称だけで商品を判断すべきではありません。発行体自身が発行する証券なのか、第三者が原資産を保有して発行する連動商品なのかによって、法的権利は異なります。米SECスタッフは2026年1月、トークン化証券を発行体主導型と第三者主導型に大別し、構造と保有者に与えられる権利を確認する必要があると説明しています。
実際に利用する際は、発行体、公式株主名簿の管理者、保管主体、償還方法、配当・議決権、対応ブロックチェーン、障害時の復旧手順を確認することが重要です。DEXで取引できることと、原株を直接保有していることは同義ではありません。
今後確認すべきポイント
最初の焦点は規制当局の承認です。tZEROの役割はMOUに基づく計画段階であり、必要条件を満たして初めて承認参加者になります。サービス開始時期、対応銘柄、利用可能地域、手数料、採用ブロックチェーンも今回の発表では確定していません。
次に、決済の最終性と法的記録の関係があります。ブロックチェーン上で即時にトークンが移転しても、それが公式な所有者記録へ反映される仕組みが必要です。ネットワーク停止や誤送信が起きた場合に、トランスファー・エージェントがどのように訂正するかも実務上の重要事項です。
さらに、24時間取引では夜間や休日にも資金と担保を動かせる仕組みが求められます。ステーブルコインやトークン化預金を利用する場合、発行体リスク、償還可能性、銀行営業時間外の流動性を検証しなければなりません。
まとめ
ICEによるtZEROへの出資と提携は、NYSE関連のトークン化証券市場を構想段階から実務インフラの設計段階へ進める動きです。tZEROは名義管理、ブローカーディーラー接続、オンチェーン決済の基準作りに参加し、ICEは同社の特許ポートフォリオも利用します。
一方、プラットフォームは規制承認を前提とし、tZEROの正式な参加資格や対応銘柄、開始時期は未確定です。Securitizeを含む複数事業者のシステムをどう接続し、従来株式と同等の権利・投資家保護を維持するかが成否を左右します。DEX・DeFiの読者にとっては、単なる「株式のトークン化」ではなく、名義管理、決済、保管、担保を含む規制市場全体のオンチェーン化として捉えるべきニュースです。





