トークン化株式とは、株式または株式に対する権利をブロックチェーン上のトークンとして表現した金融商品です。 2026年9月、米SECは一定の条件下でトークン化米国株をオンチェーン取引できる暫定制度を導入しました。 ただし、通常の株式と同じ権利があるとは限らず、DEXで自由に売買できるようになったわけでもありません。
米SECが導入した「イノベーション免除」とは
CoinDeskに寄稿した元ニューヨーク州知事のアンドリュー・クオモ氏は、トークン化の進展がワシントンの立法過程を上回っていると指摘しています。その転機として挙げられたのが、米証券取引委員会(SEC)が2026年9月17日に公表した「Innovation Exemption(イノベーション免除)」です。
この制度は、Tokenized Securities Venue(TSV)と呼ばれる適格な運営主体に対し、トークン化されたNMS株式を、許可制の自動マーケットメーカー(AMM)や流動性プールで取引するための限定的な免除を与えます。NMS株式とは、米国の全国市場システムに組み込まれた取引所上場株式を指します。
免除の中心は、一定条件を満たすTSVを証券取引法上の「取引所」の定義から一時的に除外することです。さらに、自己資金でトークン化株式を供給する一部の流動性提供者についても、「ディーラー」の定義に関する条件付き免除が設けられました。免除期間は公表後5年間であり、SECは恒久制度ではなく、市場データを集めるための実験的な枠組みと位置付けています。
重要なのは、Uniswapのような誰でも参加できる通常のパーミッションレスDEXへ、米国株が一斉に上場する制度ではないことです。TSVへの参加者は運営主体が定める基準を満たす必要があり、対象銘柄数や取引量にも制限が設けられます。
トークン化株式は「株価連動トークン」と何が違うのか
SECは2026年1月の公式声明で、トークン化証券を「証券法上の証券であり、その所有記録の全部または一部が暗号資産ネットワーク上で管理されるもの」と整理しました。その構造は、大きく発行会社またはその代理人がトークン化するモデルと、発行会社と無関係な第三者がトークン化するモデルに分かれます。
この区別は投資家にとって極めて重要です。たとえば、NYSE上場企業自身が発行に関与するトークンと、第三者が株式を保有して見合いのトークンを発行する商品では、議決権、配当、償還方法、倒産時の扱いが異なり得ます。単にAppleやTeslaなどの株価と連動するトークンであっても、原株式そのものを法的に所有しているとは限りません。
今回のイノベーション免除では、TSVが取り扱うトークン化NMS株式について、同等クラスの従来株式と同じ権利・特典を保有者へ提供することを確認しなければなりません。第三者がトークン化した銘柄を扱う場合は、原株式の発行会社に書面で通知し、異議を申し立てる機会を与えることも条件です。
したがって、「トークン名に企業名やティッカーが含まれている」というだけでは不十分です。投資家は発行主体、原株式の保管者、トークンと法的所有権の関係、配当・議決権・償還条件を確認する必要があります。
クオモ氏が訴える「技術と規制の同時進行」
クオモ氏の主張は、規制をなくすべきだというものではありません。市場は所有権の確実性、取引の信頼性、公正な価格形成、不正行為への責任追及によって成り立つため、技術革新と監督制度を同時に発展させる必要があるという立場です。
同氏はニューヨーク州司法長官時代に金融危機を経験し、サブプライム融資や複雑な住宅ローン証券を例に挙げています。金融工学がリスク管理や監督より先行すると、「リスクを分散するはずの革新」が、反対に金融システム全体へ損失を伝播させる可能性があるという教訓です。
一方、クオモ氏はOKXの取締役であり、CoinDesk記事ではIntercontinental Exchange(ICE)とOKXによる共同事業の共同議長という立場も明らかにしています。ICEはニューヨーク証券取引所(NYSE)の親会社です。OKXは2026年3月、ICEとの提携について、トークン化証券やデジタルネイティブ金融商品のインフラ開発を重点分野として説明しました。
この記事は規制当局による中立的な解説ではなく、市場インフラを構築する当事者による意見です。そのため、制度の評価と事実関係を分け、SECの命令や公式声明と照合して読むことが欠かせません。
DEXとDeFi市場には何が変わるのか
今回の制度が示す最大の変化は、AMMと流動性プールが暗号資産だけの仕組みではなく、規制対象の株式市場にも応用され始めたことです。UniswapやCurve Financeで普及したプール型取引は、注文板とは異なり、スマートコントラクトとプール内資産を利用して価格と約定を処理します。
ただし、TSVは一般的なDeFiプロトコルと同じ設計ではありません。SECの条件では、スマートコントラクトが監査可能かつ公開され、パブリックなパーミッションレス型分散台帳へ展開される一方、取引参加者へのアクセスは許可制です。技術基盤は公開型でも、売買主体は管理される「ハイブリッド型市場」と考えると分かりやすいでしょう。
また、原株式が主要取引所で売買停止になった場合、TSVも該当するトークン化株式の取引を同時に停止しなければなりません。オンチェーン市場だから24時間無条件で取引できるわけではなく、NYSEやNasdaqなど既存市場の監視・停止措置との連携が求められます。
DeFi事業者にとっては、本人確認、参加者管理、発行会社への通知、取引記録、情報開示を組み込んだAMM設計が新たな開発領域になります。一方、既存のパーミッションレスDEXへ証券トークンを追加するだけでは、今回の免除条件を満たしたことにはなりません。
投資家保護の条件と残るリスク
SECはイノベーション免除を「自由化」ではなく、投資家保護条件を伴う限定的な救済措置として設計しています。対象銘柄数と取引量の上限、原株式と同等の権利の確認、公開情報の提供、技術上の安全対策、帳簿・記録の保持などが求められます。
それでもリスクが消えるわけではありません。第一に、スマートコントラクトには実装不具合や管理権限のリスクがあります。監査済みであっても、バグが存在しないことを保証するものではありません。第二に、AMMではプールの流動性が乏しい場合、少額の取引でも価格が大きく動く可能性があります。
第三に、カストディと法的権利の問題があります。第三者発行型では、トークン保有者が原株式へ直接請求できるのか、発行者や保管者が破綻した場合に資産が分別されるのかを確認しなければなりません。第四に、ブロックチェーン上で決済が完了しても、会社法上の株主名簿や証券口座の記録と法的に一致しなければ、完全な所有権移転にならない可能性があります。
OKX、ICE、NYSEのような大手企業が関与していても、個別商品の安全性や法的権利が自動的に保証されるわけではありません。ブランド名ではなく、商品ごとの開示資料とTSVの運営条件を確認する姿勢が必要です。
トークン化株式を利用する前の確認項目
実際にトークン化株式を検討する場合は、少なくとも次の項目を確認してください。
- 発行主体:NYSEやNasdaqの上場会社自身、その代理人、または無関係な第三者のどれか
- 法的権利:原株式の所有権、証券に対する受益権、単なる価格連動契約のどれに該当するか
- 株主権:配当、議決権、企業行動への参加、償還をどのように処理するか
- 取引場所:SECの免除条件を満たすTSVなのか、国外事業者が提供する別の商品なのか
- 流動性:プール残高、売買価格差、注文による価格変動を取引前に確認できるか
- 保管方法:秘密鍵を利用者が管理するのか、OKXなどの事業者または第三者カストディアンが管理するのか
- 停止・障害時の対応:原株式の売買停止、チェーン障害、スマートコントラクト停止時の処理が開示されているか
- 利用地域:居住国の証券規制や税制上、そのサービスを利用できるか
特に注意したいのは、SECのイノベーション免除が個々のトークンを推奨または保証する制度ではない点です。Uniswap上の類似名称トークンや、海外プラットフォームの商品まで承認されたと解釈してはいけません。公式のTSV情報、発行文書、スマートコントラクト、原株式との権利関係を一つずつ確認する必要があります。
まとめ
SECのイノベーション免除により、トークン化された米国株とAMM型市場の組み合わせは、構想段階から限定的な制度実験へ進みました。ICE、NYSE、OKXのような伝統金融と暗号資産の事業者が協力する動きも、市場インフラの融合を象徴しています。
一方で、今回認められたのは条件付きTSVにおける限定取引であり、あらゆるDEXや株価連動トークンが合法化・承認されたわけではありません。トークン化は決済や記録を効率化する可能性を持ちますが、発行者リスク、カストディ、流動性、スマートコントラクト、株主権の確認は引き続き必要です。
クオモ氏の主張を実務的に言い換えれば、規制の明確化は暗号資産業界だけの政治課題ではなく、米国市場が次世代の取引基盤をどこまで受け入れられるかという経済・競争力の問題です。投資家にとって重要なのは「オンチェーンだから安全・効率的」と考えるのではなく、技術と法的権利の両方を検証することです。





