米国土安全保障省(DHS)の一部門が、個人の金融活動や移動履歴を分析し、犯罪の具体的な嫌疑がない段階で地元警察へ情報を提供していると報じられた。 CoinDeskの寄稿者Laz Pieper氏は、こうした「予測警察」が無差別監視と恣意的な人物評価を招き、米国憲法修正第4条の理念に反すると主張する。 本稿では、この論説と関連報道を基に、事実として確認できる範囲と筆者の主張を分けながら、暗号資産・DEX利用者への示唆を整理する。
DHSの「予測警察」とは何か
発端は、テクノロジー報道機関404 Mediaによる調査報道だ。同メディアによると、DHS傘下の米税関・国境警備局(CBP)には「Predictive Intelligence Targeting Team(PITT)」と呼ばれる部門があり、米国人の金融活動を含む各種データを分析しているという。分析結果は地元警察に共有され、車両停止や捜索につながる場合があると報じられた。
ここでいう予測警察は、既に発生した特定の事件から容疑者を追う通常の捜査とは異なる。取引、移動、ナンバープレートなどの情報を組み合わせ、「犯罪に関係している可能性がある人物」を先に抽出する考え方だ。
CoinDeskの論説は、この順序を問題視する。先に犯罪の根拠があり、その捜査に必要な情報を集めるのではなく、膨大な情報を先に集め、そこから疑わしい物語を組み立てられるからだ。もっとも、PITTの判定基準やデータ取得経路、誤判定率は公開資料だけでは十分に確認できない。したがって、個別案件の違法性や制度全体の違憲性が司法判断によって確定したわけではない点には注意が必要である。
Olson事件で明らかになった不透明な金融分析
CoinDeskが代表例として挙げたのが、モンタナ州で交通停止を受けたKyle William Olson氏の事件だ。刑事手続きで提出されたDHS文書には、PITTが違法薬物取引と一般的に関連する金融活動のパターンを特定した、という趣旨の記述があったとされる。
一方、その文書からは、どの金融記録を、どの法的根拠と手段で取得し、どの基準によって危険信号と判断したのかが明らかになっていない。車内から最終的にマリファナが発見されたとしても、それだけで事前の金融分析が適法だったと証明されるわけではない、というのがPieper氏の論点である。
この区別は重要だ。捜索後に証拠が見つかったという結果と、捜索へ至る政府の情報収集や嫌疑形成が適法だったかという手続きは、別々に検証されなければならない。結果だけで事前監視を正当化すれば、何も発見されなかった事例や、誤った推定で監視対象になった人の被害が見えなくなる。
Schott訴訟が示す「先に止めて後から疑う」危険
もう一つの具体例は、テキサス州でトラックを運転していたAlek Schott氏の事件である。権利擁護団体Institute for Justice(IJ)によると、保安官代理はSchott氏が車線を外れたとして停止させ、薬物捜索を実施したが、違法薬物は発見されなかった。Schott氏は、停止と捜索が憲法上の権利を侵害したとして、Bexar Countyや担当者らを提訴している。
IJは、警察が交通停止を行うには事実に基づく理由が必要であり、停止を延長する場合にも別の客観的根拠が必要だと説明する。車内捜索には、令状、本人の同意、または禁制品があると客観的に信じられる理由が求められるという立場だ。
CoinDeskの論説は、Schott氏の移動履歴がナンバープレート読み取りなどで監視されていたとの報道も踏まえ、金融データと位置情報を組み合わせた秘密の人物評価が交通停止を誘発した可能性を問題にしている。ただし、係争中の訴訟に関するIJの説明は原告側の主張を含む。裁判所が最終的な事実認定や違憲判断を下したものとして扱うべきではない。
FinCENと銀行秘密法は何を可能にするのか
金融データの供給源として論説が推測しているのが、米財務省の金融犯罪取締ネットワーク(FinCEN)だ。FinCENは銀行秘密法(BSA)を所管し、金融機関に対して一定の取引記録の保存や、マネーロンダリング、脱税などを示す可能性がある不審な活動の報告を求めている。
FinCENの公式説明によれば、BSA情報は金融犯罪やテロ資金供与の発見に活用するため、法執行機関、規制当局、情報機関などがアクセスできる仕組みになっている。また、不審活動報告(SAR)とその裏付け資料については、適切な法執行機関が金融機関へ提供を求められる場合がある。
ただし、公開情報から「Olson氏やSchott氏に関するデータがFinCEN経由だった」と確認されたわけではない。CoinDesk記事もFinCENを可能性のある経路として論じており、ここは確認済み事実と推測を分ける必要がある。
問題の中心は、AMLのために集めた情報が、特定犯罪の捜査を越えて一般的な危険人物の選別へ転用されていないかという点だ。SARは本来、疑わしい取引を捜査当局へ知らせる制度であり、提出されたこと自体が犯罪の証明になるわけではない。
憲法修正第4条と政治的プロファイリング
米国憲法修正第4条は、不合理な捜索・押収から身体、住居、書類、所有物を守る権利を定め、令状には相当な理由と捜索対象の具体的な特定を求めている。予測モデルが生成した秘密のスコアや警告だけで停止・捜索が始まるなら、この「相当な理由」がどこで形成されたのかを本人も裁判所も検証しにくくなる。
Pieper氏がさらに警戒するのは、支出履歴から政治的・宗教的傾向まで推測できる点だ。購入先や寄付先、参加イベントに関する決済は、思想、信条、交友関係を間接的に示す可能性がある。保守派、リベラル派、抗議運動の参加者など、対象がどの陣営であっても、合法的な政治活動を金融パターンだけで治安上のリスクへ結びつければ、表現や結社を萎縮させる。
CoinDesk記事は、監視対象や政治状況が政権によって変わり得ることを強調する。特定の政治勢力に都合がよい監視権限も、政権交代後には同じ勢力へ向けられる可能性がある。したがって、評価すべきなのは「誰が対象か」ではなく、DHS、CBP、FBI、FinCENなどの機関が透明な法的手続きと第三者監督の下で権限を行使しているかどうかである。
Bitcoin・Ethereum・DEX利用者への示唆
この問題は銀行口座だけに限られない。BitcoinやEthereumのパブリックブロックチェーンでは、取引履歴が公開台帳に記録される。UniswapのようなDEXは、中央集権型取引所に資産を預けずスマートコントラクトと直接やり取りできる一方、通常のオンチェーン取引が自動的に匿名や非公開になるわけではない。
ウォレットアドレスと取引所口座、ENS名、寄付先、NFT、実店舗決済などの情報が一度結び付けば、複数のオンチェーン活動を横断的に分析される可能性がある。セルフカストディは仲介者による資産凍結リスクを一部変えるが、政府や民間分析会社による追跡可能性まで消すものではない。
DEX利用者が取れる実務的な対応は、まず公開性を理解することだ。ブロックエクスプローラーで第三者から何が見えるかを確認し、同じアドレスを私生活、事業、寄付、SNSプロフィールで不用意に共用しない。ウォレット接続時には署名内容と承認対象を確認し、税務・AML上の義務を回避する目的ではなく、個人情報の過剰な結合を避ける観点からアドレス管理を考えるべきである。
また、ブロックチェーンの透明性を捜査へ利用する場合にも、データ分析の結果を犯罪の証明と同一視してはならない。アドレスの所有者推定、資金経路の分類、同一人物との関連付けには誤りが入り得るため、個別の証拠、司法審査、異議申立ての機会が不可欠だ。
まとめ
CoinDeskの論説は、DHSのPITTが金融活動などから人を選別し、地元警察の停止・捜索を誘発しているとの404 Media報道を受け、制度の停止と独立監査を求めた。Olson事件では金融分析の出所と判定基準が不透明であり、Schott訴訟では具体的な犯罪の根拠を欠いたまま捜索が進められたとの主張が争点になっている。
犯罪対策のためのデータ利用自体と、国民全体を潜在的容疑者として扱う予測監視は同じではない。必要なのは、DHSのデータ源、選別基準、保存期間、情報共有、誤判定への救済を公開可能な範囲で検証し、機密アルゴリズムによって憲法上の手続きを迂回させない仕組みである。
Bitcoin、Ethereum、Uniswapなどを利用する人にとっても、セルフカストディとプライバシーは別問題だ。金融データが誰に取得され、どの情報と結合され、どのような法的根拠で行動につながるのかを問う姿勢は、分散型金融の時代ほど重要になる。





