資産トークン化とは、株式・債券・ファンド持分などの権利をブロックチェーン上のトークンとして記録・移転できる形にすることです。 米大手銀行はこれを既存事業を奪う脅威ではなく、取引、決済、資産運用助言を拡張する基盤と見始めています。 ただし、現在の商用規模は限定的で、制度、相互運用性、流動性、権利関係の確認が普及の前提です。
米大手3行が示した「成長機会」という共通認識
CoinDeskが2026年10月に報じたところによると、Goldman Sachs、Wells Fargo、Morgan Stanleyの経営陣は、決算説明の場でトークン化をそれぞれ異なる事業機会として説明しました。Goldman Sachsは売買商品の拡大、Wells Fargoは国際送金、Morgan Stanleyは資産運用助言に重点を置いています。
共通するのは、ブロックチェーンを銀行業務の代替物としてではなく、既存の顧客基盤、コンプライアンス、カストディ、助言機能を載せる新しいレールとして捉えている点です。Goldman Sachsのデービッド・ソロモンCEOは、電子取引の普及時にも既存のトレーディング事業が消えるとの懸念があったものの、実際には市場参加や商品が広がったと説明しました。トークン化でも、商品数、取引活動、顧客層、販売経路が増える可能性があるという見方です。
一方で、3行はいずれも収益規模を示していません。Goldman Sachs自身も足元の活動はまだ小さいと認めています。したがって、今回の発言は「大規模収益化が完了した」というニュースではなく、銀行が実験段階から事業設計の段階へ移りつつあることを示す材料と読むのが適切です。
Goldman Sachsはトークン化を取引インフラの拡張と見る
Goldman Sachsの中心テーマは、トークン化による市場と商品の拡張です。同社はGS DAPというデジタル資産基盤を開発し、BNYとの協業ではマネー・マーケット・ファンド持分の価値を表すミラートークンをGS DAP上で作成しています。重要なのは、BNYが公式な帳簿、記録、決済を維持し、トークンがファンド持分そのものを無条件に置き換える設計ではない点です。
この構造は、トークン化を理解するうえで実務的です。「ブロックチェーン上にある」ことと、「原資産の法的所有権、償還権、議決権がトークン保有者へ直接移る」ことは同義ではありません。GS DAPとBNYの事例では、既存のファンド管理とデジタル表現を接続し、将来的な担保利用や移転性の向上を目指しています。
Goldman SachsはDTCCのトークン化実取引にも参加しました。これは、証券の保管・決済を担う既存インフラと、ブロックチェーン上の取引を結ぶ試みです。銀行にとっては、売買だけでなく、担保移動、証券貸借、決済、資産管理を一体で効率化できる可能性があります。
Wells Fargoは国際送金の改善を優先する
Wells Fargoが強調したのは、トークン化預金を使った国際送金です。CoinDeskによれば、同行はすでに本番環境で処理している一方、取扱量はまだ小さいと説明しました。広大な海外支店網を新設しなくても、企業顧客向けの国際決済を改善できる可能性を見ています。
トークン化預金は、一般に銀行預金に対応するデジタルな記録であり、発行体の信用や預金契約に基づく点で、パブリックチェーン上の暗号資産と同じではありません。Wells Fargoの事例で読者が確認すべきなのは、使用するネットワーク、利用資格、対象通貨、償還条件、営業時間外の処理、受取銀行との接続です。これらが公開されない限り、単純に「世界中へ即時送金できる」と一般化すべきではありません。
また、国際送金には本人確認、制裁対応、資金洗浄対策、外為規制が伴います。トークン化で台帳処理が速くなっても、法令確認や受取側の入金処理まで自動的に消えるわけではありません。Wells Fargoの動きは、技術だけでなく銀行の規制対応能力を商品価値に変える戦略といえます。
Morgan Stanleyは資産移動の高速化を助言需要につなげる
Morgan Stanleyは、トークン化で資産を動かしやすくなるほど、投資家には「何を、いつ、どの器で保有するか」を判断する助言が必要になると見ています。同社のシャロン・イェシャヤCFOは、資産移動の利便性が高まっても、助言需要がなくなるとは捉えていません。
同社とOliver Wymanの公式レポートも、トークン化の実用領域としてキャッシュ管理、担保、販売・流通を挙げています。特に、マネー・マーケット・ファンドや短期商品、トークン化株式は、資産運用会社とウェルスマネジャーの競争力に関わる領域とされています。
ここでMorgan Stanleyが狙うのは、単なるトークン売買の手数料ではありません。顧客のポートフォリオ全体を把握し、税務、適合性、流動性、カストディ、相続などを含めて助言する関係です。トークン化により資産の移転経路が増えるほど、デジタルウォレットと既存口座を横断してリスクを説明できるアドバイザーの価値が高まる、という事業仮説です。
DTCCの実取引が示す伝統金融との接続点
DTCCは2026年7月、DTCで保管する証券をトークン化し、実際の本番取引に利用したと発表しました。参加企業はGoldman Sachsのほか、BlackRock、J.P. Morgan、Circle、Chainlink、Ondo Finance、Canton Networkの開発元Digital Assetなど、30社を超えます。
対象には、担保差し入れ、証券貸借、米国債・レポのDVP、株式DVP、トークン移転、中央清算機関の証拠金業務が含まれました。DVPは証券の引き渡しと資金決済を連動させる仕組みです。DTCCは、DTC保管証券のデジタルツインを作り、従来形式とトークン形式を変換できる設計を示しています。
注目点は、トークン化後も従来証券と同じ投資家保護、権利、所有権を維持するとDTCCが説明していることです。つまり、既存制度を捨ててパブリックチェーンへ全面移行するのではなく、規制された保管・清算基盤を残したまま、オンチェーンのプログラム可能性を取り込む方向です。Goldman Sachsの取引拡張論を支える具体例といえます。
DEX・DeFiに広がる可能性と越えにくい境界
銀行主導のトークン化が進めば、DEXやDeFiには新しい担保資産、決済資産、流動性管理の需要が生まれる可能性があります。たとえば、Uniswapのような自動マーケットメーカーは許可型資産の交換設計を検討する場になり得ます。Aaveのようなレンディング市場では、適格投資家に限定した担保・借入の設計が論点になります。ChainlinkはDTCCの実取引参加企業として、既存金融と複数ネットワークをつなぐ相互運用の文脈に登場しています。
ただし、DTCCのトークン化証券やGS DAP上のミラートークンが、そのままUniswapやAaveで自由に利用できると確認されたわけではありません。移転制限、ウォレットの本人確認、証券規制、価格情報、凍結・回収権限、チェーン間の最終性などが障壁になります。銀行の許可型ネットワークと、誰でも参加できるDEXでは、ガバナンスと責任主体が大きく異なります。
読者は「オンチェーン」という言葉だけで同一視せず、発行者、公式台帳、カストディ、償還主体、移転可能な相手、障害時の処理を確認すべきです。スマートコントラクトの不具合やオラクル障害に加え、法的権利とトークン記録が食い違うリスクもあります。
実務で確認したい5つのポイント
第一に、トークンが原資産そのものか、価値を映すデジタル表現かを確認します。BNYとGS DAPの事例は後者です。第二に、公式な所有権台帳を誰が維持するかを確認します。第三に、現金側の決済資産が銀行預金、ステーブルコイン、中央銀行マネーのどれかを分けます。
第四に、取引時間が長くても流動性が十分とは限らない点に注意が必要です。市場が開いていても買い手・売り手が少なければ、価格差は広がります。第五に、チェーン障害、秘密鍵管理、スマートコントラクト、規制変更、発行体信用を別々に評価します。
Goldman Sachs、Wells Fargo、Morgan Stanleyの発言は、トークン化が銀行とDeFiのどちらか一方を消すという単純な構図ではないことを示しています。競争の焦点は、資産を発行するだけでなく、安全に保管し、移動させ、取引し、顧客へ説明できるかへ移っています。
まとめ
米大手銀行は、トークン化を既存収益への脅威ではなく、取引、国際送金、資産運用助言を広げる機会として位置づけています。Goldman SachsはGS DAPとDTCCを通じた市場基盤、Wells Fargoは企業向け国際決済、Morgan Stanleyはデジタル資産時代の助言関係に重点を置きます。
一方、商用規模、利用条件、相互運用性はまだ発展途上です。DEX・DeFiとの接続可能性はありますが、自由な移転や許可なしの利用が保証されたわけではありません。発行者、公式台帳、保有者の権利、償還条件、流動性、技術リスクを分けて確認することが、ニュースを実務に生かす第一歩です。





