トークン化預金とは、銀行預金に対する権利をブロックチェーン上のトークンとして表現する仕組みです。 英Monument BankはMidnight Networkを利用した個人向けサービスを計画していますが、英国の規制要件に対応できるカストディ事業者の確保に時間を要し、開始予定を延期しました。 今回の事例は、銀行預金とDeFiを接続するうえで、技術だけでなく保管、監査、本人確認、消費者保護の設計が重要であることを示しています。
Monument Bankがトークン化預金の開始を延期
CoinDeskは2026年9月10日、ロンドンを拠点とするMonument Bankが、個人顧客向けトークン化預金の提供開始を延期したと報じました。同社は当初の想定より数カ月遅れており、記事掲載時点では同年11月ごろの展開を見込んでいます。
計画の第1段階では、最大2億5,000万ポンド相当の顧客預金を、プライバシー重視のレイヤー1ブロックチェーン「Midnight Network」上に反映します。Monument BankとMidnight Foundationが2026年3月に発表した構想で、英国の規制対象銀行が個人向け預金をパブリックブロックチェーン上でトークン化する試みとして注目されました。
延期の直接的な課題として挙げられたのが、規制要件とMidnightの技術に対応できる機関向けカストディ事業者の不足です。Monument Bank創業者のMintoo Bhandari氏によると、英国国内では条件を満たす事業者を確保できず、国外にも探索範囲を広げました。その結果、カナダに所在するカストディ事業者を採用する方針ですが、社名は公表されていません。
重要なのは、プロジェクト自体が中止されたわけではない点です。Monument Bankは、規制対応を省略して早期提供を優先するのではなく、適切な保管体制を整えてから展開する方針を示しています。
トークン化預金はステーブルコインと何が違うのか
トークン化預金と、USDCやUSDTなどのステーブルコインは、法定通貨と価値が連動する点では似ています。しかし、利用者が持つ法的な権利と発行主体が異なります。
Monument Bankのトークンは、同行に置かれたポンド預金のデジタル表現です。同行の公式説明では、各トークンは口座内の英ポンドと1対1で対応し、元の預金は銀行によって裏付けられ、利息も継続します。独立した暗号資産を新たに購入するというより、既存の銀行預金をオンチェーンで利用可能にする設計です。
一方、Circleが発行するUSDCのようなステーブルコインは、発行会社が保有する準備資産を基礎として発行されます。銀行預金そのものではないため、利用者保護、償還請求権、準備資産の管理方法は発行スキームや法域によって異なります。
Monument Bankは対象預金について、英国のFinancial Services Compensation Scheme(FSCS)の保護が維持されると説明しています。FSCSの公式情報によると、英国の認可銀行などに置かれた適格預金は、原則として1人・1認可金融機関当たり12万ポンドまで保護されます。ただし、将来トークンを外部サービスへ移転した場合まで同じ保護が及ぶかは、実際のサービス条件を確認する必要があります。
なぜカストディが提供開始の障壁になったのか
ブロックチェーン資産のカストディは、秘密鍵を安全に保管するだけの業務ではありません。誰がトークンを管理できるのか、顧客資産をどのように分別するのか、不正移転や鍵の紛失が起きた場合にどう復旧するのかを、規制当局と監査人へ説明できる必要があります。
英国のFinancial Conduct Authority(FCA)は、暗号資産カストディに対し、所有権の保護、記録管理、残高照合、秘密鍵管理などを含むセーフガーディング要件を整備しています。2026年に公表された制度では、技術中立的な秘密鍵管理を採用する一方、トークン化資産の保管について今後も検討を続ける方針が示されました。
Monument Bankのケースでは、通常のカストディ能力に加え、Midnight Networkが採用するゼロ知識証明を扱えることも重要になります。銀行、ブロックチェーン、カストディ事業者のシステムが連携しながら、顧客確認情報を不必要に公開せず、監査に必要な記録を提示できなければなりません。
例えば、暗号資産取引所が単一のホットウォレットでトークンを管理する方法を、そのまま規制銀行へ適用することは困難です。Monument Bankには、オンチェーン残高と銀行側の預金台帳を継続的に照合し、発行、償還、凍結、相続、不正利用への対応まで一貫して管理する仕組みが求められます。
Midnight Networkとゼロ知識証明の役割
Midnight Networkは、ゼロ知識証明を利用して、機密情報を公開せずに条件を満たしていることを検証できるよう設計されたブロックチェーンです。Monument Bankとのプロジェクトでは、顧客データを銀行の管理環境に残しながら、オンチェーン取引がコンプライアンス要件を満たすことを証明する用途が想定されています。
パブリックブロックチェーンでは、取引履歴やウォレット間の関係が広く閲覧できる場合があります。しかし銀行サービスでは、預金残高、本人情報、投資行動を無関係な第三者へ公開することはできません。Midnightは、公開検証可能性と金融プライバシーを両立させようとしています。
具体例として、利用者が適格顧客であることを示す場合、氏名、住所、保有資産の全情報をスマートコントラクトへ記録する代わりに、必要な審査を通過したという証明だけを提示する設計が考えられます。ただし、Monument Bankが採用する最終的な証明方式、ウォレット構成、外部プロトコルとの接続条件は未公表です。現段階で、一般的なDeFiウォレットから自由に利用できると解釈すべきではありません。
DEX・DeFi市場にとって何が重要なのか
トークン化預金が実用化されれば、DEXやDeFiに銀行マネーを接続する新しい決済資産になる可能性があります。UniswapのようなDEXでは現在、USDCなどのステーブルコインが取引の基準資産として広く使われています。銀行預金を表すトークンがスマートコントラクトに対応すれば、交換、担保管理、証券決済などをオンチェーンで自動化できる余地が生まれます。
Monument Bankは、将来的な利用例としてトークン化されたプライベートエクイティ、コモディティファンド、仕組商品へのアクセスを挙げています。さらにCoinDeskは、資産を担保とするロンバード融資の自動化も構想に含まれると報じています。預金トークンが決済資産として機能すれば、資産の購入と資金決済を同じ基盤上で処理しやすくなります。
ただし、これは許可不要型DeFiへの全面開放を意味しません。AaveのようなレンディングプロトコルやUniswapの流動性プールへ接続するには、送金先制限、本人確認、スマートコントラクト審査、預金保護の範囲、事故時の責任分担を明確にする必要があります。規制銀行のトークンでは、認可されたウォレットやアプリ内だけで移転を認める方式も考えられます。
したがってDEX事業者にとっては、単に新しいポンド建て資産が増えるというニュースではありません。規制対応型プール、許可制ルーター、プライバシーを保った本人確認など、既存DeFiとは異なる市場設計が必要になる可能性があります。
利用者と事業者が確認すべき実務上のポイント
利用者は、サービス開始後も「銀行が提供しているからすべて安全」と判断せず、トークンの法的性質と利用条件を確認する必要があります。特に重要なのは、トークンを銀行アプリ外へ送れるのか、誰が秘密鍵を管理するのか、償還手続きに制限があるのか、どの状態までFSCS保護が維持されるのかという点です。
また、トークン化されたプライベートエクイティや仕組商品は、預金トークンとは別の商品です。決済に使う預金が保護対象であっても、購入した投資商品の元本や価格まで保証されるわけではありません。Monument Bankの公式発表も、預金のトークン化を将来の投資商品へのアクセスに向けた第一段階と位置付けています。
DEXやウォレットの開発者は、コントラクトアドレスだけで資産の信頼性を判断せず、発行銀行、償還条件、移転制御、凍結権限、カストディ構成を確認すべきです。さらに、ゼロ知識証明を導入していても、スマートコントラクト、ブリッジ、オラクル、フロントエンドなど別の攻撃経路は残ります。
Monument Bankの延期は、規制対応を後付けできないことを示す具体例です。金融機関がオンチェーン商品を設計する場合、カストディ事業者や監査体制を、ブロックチェーン選定と同じ早い段階で確保する必要があります。
まとめ
Monument Bankは、Midnight Network上で最大2億5,000万ポンドの個人向け預金をトークン化する計画を進めていますが、英国の規制要件とゼロ知識証明に対応できるカストディ体制の構築に時間を要し、提供開始を延期しました。
この計画の特徴は、価格連動型の暗号資産を新規発行するのではなく、利息が付き、英ポンドと1対1で対応する銀行預金をオンチェーン化する点です。一方で、外部DeFiへの接続方法や預金保護の適用範囲など、実サービス開始まで確認すべき事項も残されています。
今回のニュースは、銀行とDeFiを結ぶ最大の課題がブロックチェーンの処理性能だけではなく、カストディ、プライバシー、監査、消費者保護を一体として設計することにあると示しました。予定どおり展開されるかに加え、トークンの移転範囲や対応アプリ、償還方法がどこまで具体化されるかが次の注目点です。





