スタンダードチャータードは、Arbitrumのガバナンストークン「ARB」が2030年末に10ドルへ上昇するとの予測を公表した。根拠は、資産トークン化の拡大と、Robinhood ChainなどArbitrum技術を利用する企業向けチェーンからの収益増加である。
ただし、これは銀行による長期予測であり、価格上昇を保証するものではない。特に、Arbitrumエコシステムの収益がARB保有者へ直接分配される仕組みは現時点で確立しておらず、ネットワークの成長とトークン価値を分けて検討する必要がある。
スタンダードチャータードがARBを2030年10ドルと予測
The Blockの2026年9月15日付報道によると、スタンダードチャータードはArbitrumを新たに調査対象とし、ARBの2030年末目標価格を10ドルに設定した。報道時点のARB価格は約0.13ドルであり、同行は現在水準からおよそ70倍に相当する強気のシナリオを提示している。
年末ごとの予測は、2026年が0.50ドル、2027年が1.50ドル、2028年が3.50ドル、2029年が6.50ドル、2030年が10ドルだ。デジタル資産調査責任者のジェフ・ケンドリック氏は、予測期間中の上昇率でARBがBitcoinやEthereumを上回る可能性があると分析した。
この見通しは、短期的なチャートや市場心理を中心とする価格予想ではない。伝統的金融機関が独自のオンチェーン基盤を構築する際にArbitrumの技術スタックを採用し、その利用から継続的な収益が生まれるという事業モデルを評価したものだ。
したがって、10ドルという数字だけを切り取るべきではない。予測が成立するには、企業向けチェーンの増加、トークン化市場の成長、ArbitrumDAOへの収益流入、そして最終的なARBの価値獲得という複数の条件が必要になる。
ArbitrumがTradFi向け基盤として評価された理由
Arbitrumは、Ethereumの処理能力を拡張する技術を提供するプラットフォームだ。代表的なArbitrum Oneに加え、企業やプロジェクトはArbitrumの技術を使い、実行環境、ガストークン、データ可用性、ガバナンスなどを調整した専用チェーンを構築できる。
公式ドキュメントでは、Arbitrumはアプリケーション、トークン化、専用チェーンに対応する金融向けインフラとして説明されている。Ethereumを決済・セキュリティの基盤として活用しながら、用途に合わせた環境を設計できる点が、金融企業にとって重要となる。
銀行、証券会社、フィンテック企業がパブリックブロックチェーンを利用する場合、単に取引手数料が安いだけでは不十分だ。予測可能な処理能力、既存のEthereumツールとの互換性、資産発行後にDeFiへ接続できる環境、事業専用のルールを設定できる柔軟性も求められる。
Arbitrumでは、UniswapのようなDEXやMorphoのようなレンディングプロトコルを専用チェーン上で組み合わせる構成も可能だ。スタンダードチャータードは、この「企業が自社チェーンを持ちながら、既存のオンチェーン金融へ接続できる」という位置付けを評価している。
Robinhood Chainが示した収益モデル
予測の中心的な事例がRobinhood Chainである。ArbitrumDAOの公式資料によると、同チェーンは2026年7月1日にパブリックメインネットを開始した。Arbitrum技術を使用し、Ethereumへ決済する専用チェーンとして運用されている。
Robinhoodは以前から、欧州の利用者向けStock TokensをArbitrum One上で提供していた。新しいRobinhood Chainでは、トークン化された金融商品に加え、Uniswapを利用した取引、Morphoを利用したレンディング、Paxos発行のUSDGによるドル流動性など、金融機能を専用環境へ集約している。
重要なのがArbitrum Expansion Program(AEP)の収益分配だ。プログラムの条件では、対象となる外部チェーンはプロトコル純収益の10%をArbitrumエコシステムへ還元する。その内訳は8%がArbitrumDAOのトレジャリー、2%が開発者向け基金である。
The Blockによれば、スタンダードチャータードはRobinhood Chainの2026年9月時点の稼働状況から、同月にArbitrum側が受け取るAEP関連手数料を約500万ドルと推計した。また、Robinhood Chain開始後のArbitrum月間収益は、開始前の5倍を超える水準になったと分析している。
ただし、初期の活動にはミームコイン関連サービスや取引アプリも含まれる。現時点の収益すべてが株式などの伝統資産のトークン化需要から発生しているわけではない点には注意が必要だ。
資産トークン化が成長シナリオの前提
スタンダードチャータードは、ブロックチェーン上でトークン化される資産が2028年末までに4兆ドルへ拡大すると予測している。The Blockの報道によれば、同行が示した比較時点の規模は約3,400億ドルで、トークン化株式についても同年までに7,500億ドルへ成長するシナリオを置いている。
資産トークン化とは、株式、債券、ファンド、不動産などに関する権利をブロックチェーン上のトークンとして表現する仕組みだ。決済時間の短縮、プログラム可能な配当やコンプライアンス、担保としての再利用といった利点が期待される。
ArbitrumではRobinhoodだけでなく、SecuritizeなどRWA分野の事業者もエコシステムへ参加してきた。さらに、PayPalのPYUSDやMastercardのステーブルコイン決済対応など、株式以外の金融資産・決済領域でも利用例が形成されている。
専用チェーンが増えれば、AEPを通じた収益源も複数化する可能性がある。つまり今回の評価は、Arbitrum One単体の取引手数料ではなく、Arbitrum技術を採用する企業チェーン群からライセンス型の収益を得る構造に注目したものだ。
一方、4兆ドルはスタンダードチャータードの予測であって確定した市場規模ではない。法規制、投資家保護、カストディ、本人確認、異なるチェーン間の流動性分断などが普及を遅らせれば、Arbitrumの収益見通しも下振れする。
ARB保有者が確認すべき最大の論点
Arbitrumの利用拡大とARB価格の上昇は同じ意味ではない。ARBは主としてArbitrumDAOのガバナンストークンであり、保有者は委任または自己委任を通じて、プロトコル変更、資金配分、エコシステム施策などの意思決定に参加できる。
しかし、AEPでDAOトレジャリーへ入る収益が、自動的にARB保有者へ配当されるわけではない。スタンダードチャータードも、ARBに直接的な価値獲得の仕組みがないことを予測上のリスクとして挙げている。
将来、DAOが手数料分配、ステーキング報酬、買い戻しなどを導入すれば、ネットワーク収益とARB需要の関係が強まる可能性はある。ただし、その実施にはガバナンス上の合意や法的検討が必要であり、現時点で確定した前提として扱うべきではない。
供給面も確認が必要だ。トークンのロック解除、DAOによる助成金やインセンティブ支出は、市場へ新たなARBを供給する要因になり得る。需要が増えても、それ以上に流通量や売却圧力が増えれば、価格へ反映されない可能性がある。
読者は「Arbitrumの収益」「DAOトレジャリーへの帰属」「ARB保有者への価値還元」を三段階に分けて追うとよい。ネットワーク指標だけで投資判断を完結させず、DAO提案、収益報告、トークン供給の変化を継続的に確認することが重要だ。
10ドル予測を評価するためのチェック項目
第一に確認したいのは、Robinhood Chainの活動が補助金終了後も継続するかである。取引手数料の補助や短期キャンペーンによって利用が押し上げられている場合、その終了後に取引件数や収益が減少する可能性がある。
第二は、Robinhood以外の企業がArbitrum技術を採用するかだ。ひとつの成功事例だけでは、プラットフォーム型の収益モデルが再現可能とは判断できない。新しい企業チェーンの稼働、実利用、AEP手数料の入金まで確認する必要がある。
第三は競争環境である。BaseなどのEthereumレイヤー2、独自チェーンを提供する他の技術スタック、既存金融機関が共同運営するネットワークも、同じトークン化需要を狙っている。規制対応や流動性、開発者基盤で競合が優位になれば、Arbitrumのシェアは想定を下回り得る。
第四は規制の進展だ。トークン化株式は、通常の暗号資産以上に証券規制、取引所規制、地域別の販売制限の影響を受ける。技術的に発行できることと、広い地域で自由に取引できることは別問題である。
最後に、ARBの価値獲得策を巡るDAOの意思決定を確認したい。収益が増加してもトレジャリーに蓄積されるだけなのか、エコシステム投資に使われるのか、保有者へ還元されるのかによって、長期的な評価は大きく変わる。
まとめ
スタンダードチャータードのARB10ドル予測は、単純な暗号資産相場の強気論ではなく、Arbitrumが伝統的金融機関向けのオンチェーン基盤となり、専用チェーンから継続収益を得るという仮説に基づいている。Robinhood Chainは、そのモデルが実際に稼働し始めた重要な事例だ。
一方で、2030年の価格目標は、資産トークン化市場の急成長、企業チェーンの追加採用、AEP収益の拡大、ARBへの価値還元が進むことを前提とする。トークン化の遅れ、競合チェーン、供給増加、規制、直接的な価値獲得手段の不足は無視できない。
ARBを評価する際は、10ドルという目標だけでなく、Robinhood Chainの持続的な収益、新規企業チェーン、DAOの財務報告、ARBの供給、ガバナンスによる価値還元策を追跡したい。今回の予測は有力銀行によるひとつの長期シナリオであり、投資判断では複数のシナリオと損失可能性を併せて検討する必要がある。





