米下院に提出された「Digital Asset Tax Certainty Act」は、暗号資産の取引手数料、ステーブルコイン、レンディング、ステーキングなどの税務上の扱いを包括的に整理する法案です。 最大の狙いは、ブロックチェーン取引特有の複雑な記録負担を軽減しつつ、既存金融と同等の租税回避防止ルールを適用することにあります。 ただし、これは成立済みの法律ではありません。現時点では法案段階であり、米国の暗号資産保有者は引き続き現行のIRSルールに従う必要があります。
米下院で暗号資産税制の包括法案が始動
米下院歳入委員会は2026年9月、H.R.10357「Digital Asset Tax Certainty Act」を公表しました。法案は内国歳入法を改正し、暗号資産を決済、投資、融資、ステーキングなどに利用する際の税務処理を明確化するものです。
委員会の公式日程では、9月16日午前10時(米東部時間)からマークアップが設定されています。マークアップとは、議員が法案を審議・修正し、下院本会議へ進めるかを採決する手続きです。したがって、委員会で前進しても、下院本会議、上院、大統領署名という立法過程が残ります。
法案は少額手数料、損益計算、米ドル連動型ステーブルコイン、暗号資産レンディング、トレーダー向け課税、寄付、ウォッシュセール、マイニング、ステーキング、ブローカー報告などを横断的に扱います。UniswapやAave、LidoのようなDeFiプロトコルを名指しで規制する法案ではありませんが、これらを利用する米国納税者の計算方法や記録実務に影響する可能性があります。
10ドル以下のネットワーク手数料を課税対象外に
注目されるのが、少額のネットワーク手数料と取引手数料に関する例外です。法案では、合計10ドル以下の対象手数料を暗号資産で支払った際、その支払いに用いた暗号資産について損益を認識しない仕組みが提案されています。ネットワーク手数料だけでなく、条件を満たすブローカー手数料、トレーディング手数料、流動性手数料なども対象になり得ます。
現行のIRS案内では、暗号資産による送金手数料の支払いも資産の処分に該当し、取得原価と支払時の時価から損益を計算する必要があります。例えば、Ethereum上でETHをガス代として支払った場合や、Uniswapで交換に関連する手数料をトークンで負担した場合、小額でも記録が必要です。提案された例外は、この実務負担を減らす方向に働きます。
一方、前年度に暗号資産の移転を5,000回超行った者や、暗号資産のトレーダー、ブローカー、ディーラーなどは原則として例外から除外されます。また、この条項は法案どおり成立しても、2027年12月31日より後の資産処分から適用される設計です。現在の取引へ遡って自動的に適用できるものではありません。
ステーブルコインとDeFi取引はどう変わるか
法案は「適格米ドルステーブルコイン」について、一定条件の下で償還価値を基準に取得原価や譲渡損益を計算する仕組みを設けます。価値が償還額から大きく乖離していない通常の取引では、ドルとのわずかな価格差によって細かな損益が大量に生じる問題を抑える狙いがあります。
これは、USDCなどの米ドル連動資産を使ってUniswapで交換したり、Aaveへ資産を供給したりする利用者に関係します。ただし、個別のトークンが最終的に法案上の「適格米ドルステーブルコイン」に該当するかは、発行者の償還義務や法定要件を含む定義によって判断されます。単に価格が1ドル付近で推移しているだけでは断定できません。
また、流動性プールのLPトークンなどを想定した「qualified pool token asset」の規定も盛り込まれています。原資産との償還関係や保有割合、資産構成への支配力などが条件になるため、すべてのLPポジションが一律に同じ処理となるわけではありません。Curve、Uniswap、Balancerなどを利用する場合も、コントラクト名ではなく、受け取ったトークンの法的・経済的性質を確認する必要があります。
ステーキング、レンディング、損失計上の整理
法案にはマイニングおよびステーキング所得の源泉と所得区分を明確化する条項が含まれ、ステーキングを行う投資信託に関する規定も設けられています。Ethereumのバリデーター報酬やLidoを介したリキッドステーキングなどでは、報酬の受領、派生トークンの取得、売却がそれぞれ異なる税務イベントになり得るため、法案成立後も具体的な取引構造の確認が重要です。
現行のIRS案内では、ステーキングやマイニングによる報酬は所得として報告対象です。一方、Form 1099-DAではステーキング報酬そのものを報告しないとされており、「フォームが届かないから非課税」という意味ではありません。この区別は、Lido、Rocket Pool、Coinbaseなどで報酬を得る利用者が特に注意すべき点です。
さらに法案は、暗号資産レンディングへの既存金融に近い取り扱いや、取引量の多い暗号資産へのウォッシュセール規則の適用を提案しています。損失を確定した直後に同一または実質的に同一の資産を買い戻し、税務上の損失だけを作る取引は制限される可能性があります。ラップド資産や経済的に同等なトークンも規定の対象となり得るため、ETHを売却して直ちにWETHを取得するといった操作について、形式だけで判断するのは危険です。
Form 1099-DAと自己管理ウォレットへの影響
米国では、カストディ型取引所など一定のブローカーについてForm 1099-DAによる報告が段階的に始まっています。IRSによると、対象ブローカーは2025年以降の取引について総収入を報告し、2026年以降に取得された一定のカストディ資産については取得原価の報告も求められます。
Coinbaseのようなカストディ型取引所と、MetaMaskなどの自己管理ウォレットから利用するUniswapでは、取得できる税務資料が同じとは限りません。IRSの現行規則は、顧客資産を保有しない分散型・非カストディ型の事業者をブローカー報告の対象に含めていませんが、利用者本人の申告義務まで消えるわけではありません。
実務上は、取引日時、トークン数量、ドル換算時価、取得原価、ガス代、ブリッジ、ラップ・アンラップ、流動性提供、報酬受領をウォレット単位で保存する必要があります。法案にはデジタル資産の自主開示制度を設ける条項もありますが、対象者、申請期限、追徴税や利息、適用されるペナルティーなどの条件を確認せずに利用を判断すべきではありません。
DEX・DeFi利用者が今から準備すべきこと
第一に、法案の公表を理由に現在の記録を止めないことです。成立の有無や最終文言は未確定であり、IRSは現在も暗号資産の売却、交換、商品・サービスへの支払い、手数料への使用について申告を求めています。
第二に、Uniswapのスワップ、Aaveの入出金、Lidoのステーキングなどを一括して「DeFi取引」と記録するのではなく、トークンの移転、債権的トークンの受領、報酬発生、ポジション解消を分けて保存します。ブロックエクスプローラーの履歴だけでは、取引目的や取得原価を後から完全に復元できない場合があります。
第三に、カストディ取引所から受け取るForm 1099-DAと自己記録を照合します。別ウォレットから入庫した資産は、取引所側が元の取得原価を把握していない可能性があります。不一致を放置せず、取得時の記録やウォレット間移転の証跡を維持することが重要です。
まとめ
Digital Asset Tax Certainty Actは、暗号資産を既存税制へ無理に当てはめることで生じていた細かな損益計算や不明確な分類を整理する、広範な税制改革案です。10ドル以下の対象手数料、米ドルステーブルコイン、レンディング、ステーキング、ウォッシュセール、ブローカー報告など、DEX・DeFi利用者に直結する論点が含まれています。
もっとも、委員会審議は立法過程の入口にすぎません。米国納税者は法案を成立済みの制度として扱わず、当面は現行IRSルールに従って記録と申告を続ける必要があります。日本居住者についても、この米国法案がそのまま日本の税務へ適用されるわけではないため、国税庁のルールと専門家の助言を基準に判断してください。





